40.お母さんの心づもり
「前陽大のカレー、おいしかった!」
「ふつうのカレー、おいしかった!」
「…インド、タイ、より。ずっと。」
「ありがとうございますー!たくさん召し上がって頂けて俺もうれしかったです」
じゃぶじゃぶと食器を洗いながら、いつよりほんわかした空気が漂っているのは、お手伝いしてくださっている、優月さんと満月さんと無門さんのお陰だろう。
大鍋にたっぷり2日分作ったカレー、余分に蒸したり焼いておいた野菜は、きれいさっぱりなくなった。
母さん特製らっきょうも大好評完売御礼!
明日にでもメールして、また送ってもらおう。
「ゆーもみーも、お野菜キライ」
「食べられるけど、お野菜イヤ」
「「だけど、お野菜おいしかった!」」
「…おいしかった。」
「人参、じゃがいも、たまねぎ」
「パプリカ、タケノコ、トマト」
「…キャベツ、ブロッコリー、きのこ。」
おお、よく覚えておられるなぁ。
歌うように並べられた、それぞれの料理に入っていた野菜の数々に感心した。
しっかりひとつひとつ、味わってくださったんだろうか。
「皆さん、大正解です!」
「「へへー」」
「…へへー」
「あと、実はカレーの隠し味に、にんにくとセロリもほんの少しだけ入っていたんですよー洋風あんかけにはひっそりと生姜を入れてました。野菜じゃないですが、カレーにはりんごのすりおろしとレモンの搾り汁も入れました」
「「すげー!!」」
「…すげー。」
「カレーはいろいろ入れたらおいしくなりますからね。本場のインド料理にはもっと、いろーんなスパイスや香味野菜がたーくさん入っていますよ」
「「すげー!!」」
「…すげー。」
瞳をまんまるにして驚く御3方。
御3方だけではなく、アイドル…生徒会の皆さまはきっと、すごく仲がいいんだろうな。
放課後、お仕事の後もいっしょに行動なさっておられるなんて、たのしそうでいいな。
8人分の食器を洗い終え、鍋もピカピカになった。
せっせとそれぞれの作業に集中してくださっていた御3方に、お礼を言うと、揃ってもじもじ、テレテレ、床を蹴っていらっしゃる。
「「…別に、そんなんじゃないもん…」」
「…ないもん。」
なんだかこう言ってはなんだが、お可愛らしい御3方だ。
息がピッタリと言うか、双子さんの中に無門さんがおられて、違和感がまったくない。
微笑ましく見やりながら、食後のデザートはキウイといちごをカットして、ハチミツヨーグルトをかけようかなと、冷蔵庫を開けた。
また和菓子も作りたいなぁ…
いかんせん、授業のあのハイスピードっぷりだったら、当分デザートは勿論のこと、凝った料理は作れそうにない。
週末、お休みの日ぐらいに限られてくるな。
学校生活に慣れるまでは、仕方がないかぁ…
……慣れるのかなぁ……?
いやいや、せめて1年間は頑張ろう!!
自分で決めて、必死に受験勉強して、せっかく入れたんだから!!
こうして一緒にごはんを食べてくださる、優しくて気さくな皆さんにも出会えたし、武士道の皆もいる。
せめて、1年は……でも、1年経ってみて、やっぱりついていけそうになかったら……
秀平に助けてもらおうかな。
甘い考えだ。
自分でもわかってる。
だけど、事情を知ってくれている、甘やかしいの秀平たちが、心の支えになっていることは否めない。
最初から十八学園の受験、入学に強固に反対だったこと、すこしでも合わないようならすぐに退学する約束、いろんな言葉や励ましが脳裏に蘇った。
心配性の秀平達たちと、次に会う約束は夏休みだ。
1年と言わず、できれば3年間全うして卒業したいけれど、無理を押しての入学がどう出るか、未来はわからないから。
俺が後ろに下がっても受け止めてくれるだろう、秀平達の存在に感謝を忘れず、とにかくベストを尽くしてみようと想う。
考えごとをしつつ、キウイの皮を剥いていたら、興味津々の3つの眼差しに気づいた。
じいいっと真剣に見つめている、御3方の瞳はとてもキレイだ。
「「あのさー、あのさー、前陽大」」
「…あのさー。」
「どうしました?」
「するするーって、皮剥けるの」
「くるくるーって、包丁動くの」
「…トントントン。」
「「ゆーもみーも、頑張ったらできる?」」
「…おれも。できる?」
皆さん、どうやら包丁に興味がお有りのようだ。
「はい。慣れたら誰でもできますよーただし、刃物なので十分に注意が必要です。それに、食べものは、命を頂いて命に繋げることですから、その食べものを扱う包丁は慎重にていねいに扱わなければなりません。刃の入れ方次第で、食材は如何様にも変わってしまいますし、使い方や心構えが悪ければ、自分を傷つけることにもなり兼ねません」
神妙に頷いた御3方は、またもじもじスタート。
「「あのさー、あのさー、前陽大」」
「…あのさー。」
「はい、どうしました?」
「「ゆーもみーも、お手伝い、頑張る」」
「…おれも。頑張る。」
真剣な表情に見つめられた。
「「だから、また、ごはん食べに来てもいーい…?」」
「…いい?」
なぜ、真剣なあまり無表情な瞳の奥が、泣きそうに揺らめいているのだろう…?
優月さん、満月さん、無門さんの複雑なお立場、心境は、俺には計り知れない。
どうして泣きそうに見えるのか、わからないけれど。
「はい、勿論!いつでもいらして下さい!!大したものは作れませんが…皆さんと一緒にごはんを食べられるのは、すっごく嬉しいし楽しいです。お手伝いしてくださるお気持ちもとってもうれしいです。また一緒にごはん食べましょうね。これからもよろしくお願いします」
笑って答えることはできるから。
みるみる内にぱああっと光り輝く表情、紅潮する頬に、「嬉しい」と書いてあるようで、ますます笑みが深まった。
「誰にも見つからないように来るから!」
「お手伝いも包丁も、超!頑張るから!」
「…おれも。がんばる。」
「はい!じゃあ早速、またお手伝いをお願いしてもいいですか?」
「「はーい!」」
「…はーい。」
「では、優月さんはこのいちごを流水で洗って下さいね。満月さんはちいさなガラスの器を8つ、出して来てくださいますか?無門さんはこのヨーグルトにハチミツを混ぜてください」
「「はい!」」
「…はい!」
気合いの入った御3方を見守りながら、なるべく卒業目指して頑張ろう!と、俺も気合いを入れたのでありました。
ところで、その頃のリビングは人生ゲームで盛り上がっていた。
「はぁ?!『未知との遭遇…UFOに追突されて怪我…』?!んだよ…コレ…」
「あっは、は〜いミキティちゃ〜ん、1万ドル支払いね〜」
「「ザマーミロ」」
「っち……払えばいーんだろ…」
「毎度あり〜次はチャラチャラ君ね〜」
「しっかし、キッチンは楽しそうだなー」
仁の一言に凍りつくその場。
「「………」」
構わず悠が回した、ルーレットの回転音。
「1・2・3とぉ〜…やったぁ〜またもはるちゃんご懐妊!!おめでとぉ〜俺達ぃ〜やっべぇ〜もう車乗り切れねぇよ〜ガキ共めぇ〜さっすが俺、いぃ〜仕事してるぅ〜はい、皆さぁん〜俺とはるちゃんにご祝儀ちょうだいぃ〜」
「「「マジ消え失せろ、天谷悠」」」
「ちょ…なにぃ〜?!嫉妬?!嫉妬なんでしょぉ〜!俺とはるちゃんのラブラブっぷりに嫉妬なんでしょぉ〜!」
「そぉれ〜」
「ひど…!!成勢先輩が車ひっくり返したぁ〜!!はるちゃ〜ん!!先輩も美山もイジメるぅ〜わぁ〜ん!!」
それは賑やかな夜だった。
これから未来に起こることなど、何の予兆も窺わせない、月の綺麗な夜だった。
2010-12-02 22:39筆[ 203/761 ][*prev] [next#]
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