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パチンっと、両手の平を合わせる音、8人分。
「では!いただきます」
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
「…いただき。ます。」
いつもの音頭を取った後、輝きを増す瞳、7人分。
じいいっと、目の前のお皿に向けられる視線はとても熱いもので、頬が緩んだ。
「さ、温かい内に召し上がれ!」
しかし、スプーンを取ったまま、微動だにしない7人さん。
「……はるる〜…お代わりは〜?」
真剣な表情の一成が、推理小説の終盤に差しかかった探偵のように、慎重に問いかけてきた。
なんでこんなに真剣なんだろう。
おかしく想いながら、キッチンを振り向いた。
「たっぷりあるよーごはんも追い炊き中だし、カレーもいっぱい作ったし」
「「「「「「…おかわり」」」」」」
「…わり。」
「まだ食べてもいないのに、おかわりを気にしないの!さ、たくさん召し上がれ」
湯気を立て続けているお皿に、おかわりへ夢を馳せていた7人さんは、はっと現実に我に返ったようだった。
カレーは各自の前にもたっぷり存在する、キッチンにもたっぷり存在する。
そのことに恍惚とした、うれしそうな表情を浮かべる7人さん。
やっとお皿に向かうのかと想いきや、優月さんと満月さん、無門さんが揃って首を傾げられた。
「「ところで前陽大、これはこのまま食べるもの?」」
「…このまま?」
ん?!
御3方のその様子に、他の4人は失笑し始めた。
「「カレーも知らねーんだ、だっせぇの〜」」と仁と一成はゲラゲラ爆笑してる。
「…知らないヤツ、居るんだな」美山さんはぼそっと呟いて、口元をへの字に歪めておられるが、笑いを堪えていらっしゃるのだろうか…?
「ゆーもみーもそーすけも、ダッセぇ〜!!カレー知らないってどういう人生ぇ〜?!はるちゃんカレー知らないとかマジウケるんですけどぉ〜かわいちょ〜にぃ〜」…最もヒドい態度なのはひーちゃんだ。
御3方は当然ながら、むっとしておられる。
「知ってるもん!カレーぐらい知ってるもん!」
「インドとかタイとかだったら知ってるもん!」
「…おれ、暴れる。」
無門さんの低い低い、ともすれば聞き逃してしまいそうな呟きに、6人さんははっとなった。
「マジ勘弁!無理があるだろ、そりゃ…」
「ちょっと〜はるるの部屋なんだから〜暴れるなら美山の部屋行って〜」
「ちょ…一成サン、どういう意味スか」
「そーすけ、こーちゃん居ないからダメ」
「しかもりっちゃんすら居ないからダメ」
「暴れるならこーちゃんにテレフォンしよっかぁ〜?」
「「「「「そもそもてめーが揶揄るからだろうが」」」」」
7人さんは決して仲がいいわけではないようだ。
「はいはい、はいはい!ごはん前に喧嘩しないの!どうしても喧嘩したいなら、外に出て存分にしていらっしゃい!!俺がどこにでも連絡して皆さんを引き取って頂きますから!風紀さまですか?生徒会さまですか?武士道さまですか?先生方がお好みですか?
…皆さんのその様子だと、柾先輩が1番適任でいらっしゃるようですね〜え…?じゃあ、きちんと責任持って連絡しておくから、安心して暴れていらっしゃい!勿論、ごはん中に喧嘩するような子は晩ごはん抜きです!さぁ、いってらっしゃい!」
そう言うと、途端に気まずい空気が流れ、下を俯いてふるふるなさっておられた無門さんも、しゅんとなった。
「「「「「「…イヤです」」」」」」
「…ヤ。です。」
「じゃあ一体あなた方はどうしたいの?イヤだって言うなら、どうするの?」
「「「「「「……ごめんなさい」」」」」」
「…ごめん、なさい。」
やれやれ、困った人たちだ。
「はい、わかりました。もう喧嘩しない?」
「「「「「「………ハイ」」」」」」
「……ハイ。」
「なんでしょうね、その微妙な間は…まあ、カレーが冷めちゃうから。じゃ、テキパキ召し上がれー!」
わっと食べ始める4人を後目に、まだしゅんとなっさておられる御3方へ声をかけた。
「優月さん、満月さん、無門さん。知らないことはすこしも恥かしいことじゃありません。俺も知らないことでいっぱいだし、どんな御方だって世界の成り立ちを完全には把握しておられませんし、知らないことが多いから、知る楽しみがある。そういうことが人生の楽しみになったりもしますよね。何も気にしないでいいんです。
それに、本式のカレー料理じゃありませんし…このカレーは言うなれば、一般家庭向けに改良されたお手軽なカレーですね。そのままスプーンで召し上がれ。上にのってる焼き野菜も、いっしょに食べてもいいし、分けて食べてもいいし…ここは公式な場ではないので、リラックスしてお好きなように食事なさって下さい。
逆に俺などは、家庭料理に親しみすぎて、和洋折衷その他諸々の正式なマナーをあまり把握していないので、しっかりなさっておられる皆さんが羨ましいですよーまたいろいろ教えてくださいね」
にっこり笑うと、御3方はほっとしたように、こっくり頷いてスプーンを取った。
「これ、いーい匂い」
「これ、おいしそう」
「…はると、おいしい、上手。」
かろうじてまだ上がっている湯気、すこし冷めかけたカレーにスプーンが差しこまれ、ぱくっ、もぐもぐ。
「「「……おいしい……」」」
想わず一口目のなりゆきを見守っていた、そのほんとうの表情の変化に、俺の心はじんわりと温かくなった。
「たくさん召し上がれ!」
「「いっぱい食べるー!」」
「…いっぱい。」
それからはわいわいと、にぎやかな声が響く、たのしい夕食になった。
「うっまー…マジ美味ぇーわ〜…」
「はるるカレーは天下逸品だよね〜…当日なのにこの美味さ〜…」
「……どの店のより美味ぇ…」
「カレー、カレー、カレーはおいしい」
「野菜、野菜、野菜はとろとろ、甘い」
「…カレー、野菜。野菜、カレー。」
「はるちゃ〜ん、俺、赤ピー食えなぁい〜けど〜はるちゃんがあーんしてくれたら食えるぅ〜」
「「「「「「…消えろ」」」」」」
「…消えろ。」
「ひっどぉ〜!ちょっとぉ〜はるちゃん、コイツら全員ひどいよぉ〜!イジメだよぉ〜なんで怒んないのぉ〜?!」
「はいはい…ひーちゃん、食事中に抱きつかないで…もーその癖、いつになったら治るのー?腰を撫でないで…俺の腰に一体何があるの?」
「「「「「「天谷悠……マジで今この瞬間から消え失せろ」」」」」」
「…戻って、来ないで。」
「ひっどぉ〜!!全員ひっどぉい〜こーちゃんに言いつけてやるぅ〜」
「「「「「「やってみろ…何なら今すぐ呼べ」」」」」」
「…呼べ。」
2010-11-30 09:58筆[ 201/761 ][*prev] [next#]
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