37.お母さんと7匹の子ヤギ再び
部屋中に立ちこめる、いい匂いといい音、この上なく温かな湯気。
カレーがくつくつ煮こまれている音、たくさんのスパイスと調味料が混ざり合った匂い。
炊きあがったごはんから立ちのぼる、甘い湯気とふっくらした匂い。
副菜の煮炊きの残り香も、なんともやさしい。
「美山さん、鍋底にカレーがくっついたりしてませんか?」
「…あぁ、教わった通り底から混ぜてる」
「ありがとうございますー!そろそろ火から下ろしましょうね。仁〜ごはんはいい按配?」
「おー!今日の米もイケメンだぜー」
「ありがとー!一成、あんかけは仕上がりそう〜?」
「オッケーで〜す!ちゃんととろけたよ〜」
「ありがとー!よしよし…野菜もいい焼き色ついたよー」
「「「腹減った」」」
「だねー!カレーのスパイシーな香りってヤバいよねー!」
仁と一成のリクエストのカレー!
毎度お馴染み2人をお手伝いさんに駆り立て、調理を進めていたら、戻って来た美山さんもお手伝いを申し出てくださった。
皆さんのお陰さまで、おいしい感じにできあがりました。
今夜は彩り焼き野菜たっぷりのせポークカレーと、蒸し春キャベツ&ブロッコリーの洋風きのこあんかけ、母さん特製らっきょうで決まり!
いつもは粉から炒めてスパイス調合し、何日か煮こんで作るカレー、でも当日すぐ食べたい時は、市販のルーでちゃっちゃと作ってしまう。
市販のルーでも2・3種混ぜ合わせ、各種調味料やヨーグルトにりんごのすりおろし…生徒会長さまが仰ったように、レモンの酸味などもすこしプラスしたり…甘辛苦酸っぱいものをそれぞれ少量多種入れると、ぐっと味わい深くおいしく仕上がってくれる。
カレーって一皿の中で完結するし、複雑にも単純にも、長時間でも短時間でも好きなように作れるし、なによりおいしいから大好きだ。
山の幸も海の幸も和洋折衷も、懐深く受け入れてくれるから、バリエーション豊富だし、大抵皆好きだし…
素晴らしく素敵なお料理だ。
「じゃあ、はい、お皿持って来て〜ごはん、好きなようによそってね」
「「「はい」」」
「いや、あのね…自分で食べられる量入れてくれたら、カレーと野菜入れてあげるから…」
「「「よそって下さい」」」
「ごはんぐらい自分でよそいなさい」
「「「…よそって下さい」」」
「お手伝いできるクセに、自分のごはんもよそえないの?」
「「「………」」」
「もー…3人共、ガタイのいいイケメンさんなのにちっちゃい子みたい!狼なのに子犬だった、みたいな…仕様がないなぁ…やれやれ、世話が焼ける…」
「「「………」」」
次々に差し出されたお皿と、無表情ながら、瞳の奥にかすかに見える、甘えたい盛りの子犬のような光の揺らめきにため息を吐いた。
まぁ、皆お手伝い頑張ってくれたし、これぐらいどうってことないけれど。
先ず美山さんのお皿に手を伸ばした時、玄関のほうから呼び鈴が聞こえた。
「「「何か来やがった…!」」」
急に子犬から狼化する3人に呆れながら、玄関へ向かった。
「ヤな予感〜はるる、出なくていーのに〜」
「すげーヤな気配がするな〜…こういうのって当たるよな〜」
「……人がメシ食う前に来るヤツなんて、ろくでもないっスよ」
「「お〜美山のクセに名言〜!」」
お皿を持ったまま、ヒソヒソ会話する3人をひと睨み。
大人しくなったところで、インターフォンを取った。
「はーい?」
『ばるちゃんんん〜…!!会いだがっだょゔ〜!!ゔゔゔっ』
この声…と言うか、泣き声は…!!
『『悠、ウルサイ。邪魔。退いて』』
『…退いて。』
更に聞こえて来た複数の声に、目を見張った。
『ねえねえ、前陽大、とりあえず中に入れて』
『このバカの所為で、誰か来ちゃったら大変』
『…大変。』
なんと、まさか!!
覗き穴から確認してから、素早く扉を開けた。
その隙間から滑りこむように素早く入って来られたのは、そうそうたる方々だった。
…挨拶を交わす前に、がばあっ!っと抱きつかれたのは、想定内だ。
「「こんばんはー急に来てゴメンナサイ。ご機嫌いかが?」」
「…ナサイ。こんばんは。」
俺に抱きついて離れない人に、気の所為ではなくどこか冷ややかな眼差しを向けながら、丁寧にお辞儀までしてくださったのは。
「優月さんと満月さん、無門さん。こんばんは。ご丁寧なご挨拶ありがとうございます」
「「いいえーこーちゃんがちゃんと挨拶しろって」」
「…こーちゃん、しろって。」
「ええと…会長さまが?」
「「「うん」」」
御3方が代わる代わる説明してくださったところに因ると…
生徒会のとんでもなくハードなお仕事が終わった後、実に珍しいことに(天変地異や青天の霹靂らしい)、会長さまが外出の許可を出してくれたそうだ。
俺に会いたいと駄々をこねるひーちゃんが、いい加減、相当鬱陶しかったのだろうと、またも冷ややかな眼差しで御3方は語られた。
御3方も行きたいと言ったら、皆で出かけて良いけれど、その代わりひーちゃんの面倒を見ること、きちんと挨拶することを厳しく約束させられたのだとか。
約束を破った時の会長さまがいかに怖いか、震え上がる皆さんに同情の念を覚えた。
と同時に、会長さまも何かとご苦労が絶えないんだなぁと、ひっそり想った。
ひーちゃんという大きな子供1人でも大変だろうに、御3方のお話では、まるでシングルファザーの様相だ。
実際、あれだけ達観して大人びた会長さまだけに、生徒さんのトップに立つことは皆さんの父親になることと等しい…のかどうかはよくわからないけれど。
人の手本となることは、親になることと近いのかも知れない。
いずれにせよ、お疲れさまですと、心の中で手を合わせておいた。
「それでお仕事の後、お疲れさまなのに、わざわざ来てくださったんですね。ありがとうございます」
そう言って笑うと、御3方共、もじもじとしながら、口元をむずむず緩ませられた。
「「べっつにー…?悠はどうでもいいし?」」
「はると、おれ…おれ、会いたかった。」
「「あ、そーすけ、ズルい!!ゆーもみーも会いたかったもん!」」
わぁ、皆さん揃って子犬のようだー!
「そう想って頂けて、恐縮ながら光栄ですーありがとうございます」
またもテレテレなさっておられるご様子が、とても微笑ましい。
「「生徒会だから、簡単に会えない」」
「…ない。」
「「でも、朝礼の時、前陽大、1番前にいた」」
「…おれ、見た。」
「「前陽大、ちゃんと気づいてくれた?」」
「はると、おれ、わかった?」
そうか…
アイドルの皆さまには、皆さまにしかわからない計り知れない苦悩や、生活に支障が生じたりするのだろう。
俺が口を開きかけた、その時。
「あぁん、はるちゃんん〜…いー匂いぃ〜…やめられない、止まらないぃ〜…でも、更にいい匂いぃ〜…はっ、わかったぁ〜!!俺、わかっちゃいましたもんね!はるちゃん特製カレーの匂いだぁ〜!!どぉどぉ?!ピンポン?!当たりっしょ?!大正解っしょ?!」
流石です、ひーちゃん。
その場の空気をまるごと無視して、我が道を突き進む!
…ほんとう、昔から変わらないんだから。
想わず苦笑がこぼれて、大正解だよと笑った。
2010-11-28 23:59筆[ 200/761 ][*prev] [next#]
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