33.チョコレートはほろ苦甘い癒し味


 寮に着いて着替えてから、仁と一成とショッピングモールへ向かった。
 保存食以外はすっからかんの冷蔵庫、食材をたっぷりと調達しなければ!
 昨夜は鶏鍋だったしお昼は唐揚げで、鶏続きだから、カレーには牛肉か豚肉か…野菜カレーやシーフードカレーもいいけど…明日のお弁当にも肉っ気が欲しいし…
 現在16時前。
 ああ、この時間だったら、「ニコニコスーパー」がタイムセールだ。
 タイムセール…恋しいなぁ。
 「ニコニコ」ではお肉やお魚が安くなるんだよね。
 学校帰りに制服のまま、よく行ってたっけ。
 スーパーの店員さんや、ご近所のおばさまたちと仲良くなって、いろいろ情報交換したりして。
 そう遠くはない出来事なのに、懐かしいなぁ。

 「はるる、何か黄昏れてる〜?」
 「どした?そういや、初日はどうだったよ」
 「黄昏というか…そうだ!2人にお願いが…と言うか、武士道皆にお願いがあります!」
 「「な、何事…?」」
 仁の問いかけで、頓田君が言ってた「そーちょーも副長も賢いし、俺らも優秀だよ?」の言葉が急に想い返された。
 2人に勉強のご指導の程、よぅくお願いしておかないと!
 ぼんやりしてたら、5月が…中間テストがあっと言う間にやって来てしまう。
 「あのね……あぁっ?!」
 「「…あぁ?」」
 口を開きかけた俺は、視界に入った前方の人物に、想わず声を上げてしまった。


 風紀委員の…委員長の日和佐先輩と、渡久山先輩だ…!!


 まだ制服姿の御2方は、風紀委員のお務め最中なんだろうか?
 きりっと黒縁の眼鏡をかけて、きりっと歩いていらっしゃる。
 「あっれ〜日和佐先輩と凌じゃん〜」
 「ご苦労なこった〜見回りかねー」
 のんびりした口調の2人に、「ごめん、ちょっと待ってて!」と声をかけて、小走りに近寄った。
 「こんにちは、日和佐先輩、渡久山先輩」
 俺を見た先輩方は軽く目を見張って、続いて俺の後ろに視線を向け、更に目を見張った。
 
 「やあ、仁と一成を引き連れて大名行列か」
 真顔の日和佐先輩。
 「だ、大名行列…?!そういうのじゃないんですが…えぇと、ショッピングモールへ食材調達に向かうところです」
 「そうか、遅くならない様に気を付けろ」
 「はい。あの…今朝はお騒がせしました」
 「今朝?あぁ、新聞報道部か…不確かな黙認部活動に学園中が振り回されている。気にした者の負けだ。君もマークされている様だが、気にせず学生らしく真面目に過ごすが良い」
 「はい!お気遣いありがとうございます」
 「別に気遣って等いない」
 「はい、それでもありがとうございます」

 俺と日和佐先輩のやりとりに、仁も一成も、渡久山先輩も、笑いを堪えている様子だった。
 なにかおかしかったかな…?と、想いつつ…
 渡久山先輩が笑うのを堪える程元気なご様子で、ほっとした。
 エコバッグの中に、一応忍ばせていたお借りしたハンカチ、持って来ておいてよかった。
 「あの……渡久山先輩、これ…」
 「何…ああ、これ…わざわざ丁寧に包んでくれたんだね」
 「ちょっとしたおまけ付きです」
 「おまけ…?」
 「チョコレート、お好きですか?」
 「嫌いじゃないよ」
 「よかった!大したものじゃないんですが、カレンツ、クランベリー、ラズベリーなどのベリーを入れた、ほろ苦チョコレート、すこしなんですがよかったら召し上がってください。チョコレートは少量で元気いっぱいになれますから」

 ハンカチとチョコレートが入った、ワックスペーパーの包みを渡したら、後ろでブーイングが起こった。
 「「チョコレート〜…俺らのチョコレート〜…」」
 「はいはい!後でごはん食べたらあげるから。家で作って持って来てたの、すっかり忘れてたんだよね〜…あ、渡久山先輩、賞味期限はだいじょうぶですから!冷蔵庫にちゃんと入れてましたし、味も確認してますから!」
 俺の焦りっぷりが、おかしかったのだろうか。
 渡久山先輩は、くすっと、笑ってくださった。

 「ありがとう、前君。君のお陰で元気だよ」
 眼鏡に隠れてよく見えないけれど、目元が赤いように感じた。
 だけど、笑顔の先輩は、昨日みたいに儚ない印象はなくて、ちゃんと地に足着けて立っておられて。
 号外が出回っている動揺を微塵にも感じさせない、強くて確かな、普段の笑顔だと感じた。
 「サブレも…ありがとう。すごく美味しかった。美味しいから勿体なくて、少しずつ食べてるんだ。チョコレートも楽しみだな…いろいろ頂いてしまって、後輩に気を遣わせて申し訳ないね、何か見繕って贈らせて頂くよ」
 「いえいえ、とんでもないです!召し上がって頂けてうれしいです〜サブレもチョコレートも後2、3日は日保ちすると想うので、ゆっくり召し上がってください!こちらこそ…放課後まで風紀のお仕事、お疲れさまです!」

 びしっと敬礼すると、今度は日和佐先輩まで、笑いを堪えるように片手で口を抑え、その様子を仁と一成が茶化すように覗きこんだものだから、ごほんっと何度か咳払いした。
 何かおかしかったかな…?
 「……凌、そろそろ行かなくては」
 「はい。では前君、わざわざありがとう。君から借りた分はまた後日お返しします」
 「どうかお気遣いなく…足留めしてしまってすみませんでした。お仕事頑張ってください。失礼致します」
 「「じゃあね〜」」
 「こら!渡久山先輩は同い年でも、日和佐先輩は2人にとっても先輩でしょ!ぶんぶん手を振らないの!」
 「「はぁ〜い。サヨナラー日和佐センパイ」」
 「もう…すみません〜ホントに…根は悪い子たちじゃないので、ご容赦願います」
 


 「……面白いな、前陽大」
 「ええ。委員長が笑いを堪える所なんて、久し振りに拝見しました」
 「笑うな、凌」
 「はい、すみません…昴には隠しておきますから」
 「当然だ」
 「はい」
 「しかし、いつの間に前陽大と接触した?」
 「その事ですが、プライベートな時間に起こった出来事ですので、日和佐先輩とは言えどもお答え致しかねます」
 「笑うな、凌。生徒に不審に想われるぞ」
 「はい、すみません」

 「……チョコレートか……」
 「日和佐先輩といえどもお裾分けする事は出来ません、と言いたい所ですが、彼の人となりを知る機会でもありますので、戻ったらお茶にしましょう」
 「そうだな。……人となりを知る機会か?」
 「ええ。昴が言ってましたよ?料理には良いも悪いも人柄が現れるのだと。前君の作るものにはとても温かみがあります」
 「ふむ……しかし、昴は何者なんだろうな」
 「わかりません。誰にもわかりませんよ。『3大勢力』や親衛隊は無論、莉人にも仁にも一成にも…」
 「『計り知れない変な奴』という所は、前陽大と被る気がしないでもないが」
 「……ふふ、確かに」



 2010-11-16 09:53筆


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