29.なぜか、胸が熱くなる


 階下に広がる、あれは、中庭だろうか。
 ちょっとした演台のような、オブジェのような、石造りの円形台の周りには、たくさんの生徒さんで溢れていた。
 下の会場だけではない、各階の渡り廊下、中庭に面した各教室の窓から、大勢の生徒さんが顔を出している。
 高等部の生徒の過半数ではないだろうか…
 どなたさまも一様に昂った表情、声を上げ、円形台を一心に見守っている。

 ふと、気づいた。
 会場にいる、なにやら見知った雰囲気の生徒さん…と想ったら、武士道の皆だ!
 円形台の近くをぐるりと取り囲みながら、他の皆さまと一緒になって騒いでいる様子が、ここからも見えた。
 『――…お昼休みもお母さんと一緒するつもりだったんだけどー…俺等、急用ができちゃって…――』
 頓田くんが言ってた、急用って、「喧嘩道」のことだったんだね。
 音成さんが仰ってた、「3大勢力公認の『喧嘩道』」だけあって、皆もちゃんとお手伝いしてるんだ…
 ウチの子たち皆、生徒さんのロマンの為に協力して…偉いな…じんと胸が温かくなった。

 でも、妙に楽しそうに見えるなぁ…
 皆、ケンカ好きだから…
 やれやれと想ったところで、武士道の近くに、風紀委員長の日和佐先輩と、渡久山先輩らしき姿を見つけた。
 心臓が、どくりと鳴った。
 渡久山先輩も、柾先輩と宮成先輩の「喧嘩道」をご覧になるのだろうか。
 それは、風紀委員としての務めだから?
 どうしようもないけれど、俺は部外者だけど、昨日の今日でそんなのって…


 神さまがいるなら、神さまは時々、情け容赦なく残酷だ。


 やがて、派手なアナウンスと歓声が辺りに響き渡り、カッターシャツ姿の先輩達が現れた。
 上から見ていてもわかった、柾先輩の不敵な余裕、みやなり先輩のぎこちない雰囲気。
 あちらこちらから、上も下もなく、双方のお名前を掛け合いのように呼ぶ声。
 柾先輩は熱い声援の数々に、笑っていらっしゃることだろう、片手を軽く上げて応えておられる。
 みやなり先輩は硬いままだ。
 円形台の中央に、距離を取って向かい合ったお2人の間、所古先輩がどこからともなく姿を現し、恐らく諸注意などを語ったのだろう、お2人は頷いて、所古先輩はまたどこかへ去って行かれた。
 ……今日も、サンダルみたいだった……ほんとう、自由な先輩なんだなぁ…

 アナウンスの一際大きな号令で、「喧嘩道」は始まった。

 初めて見た「喧嘩道」。

 入学式や朝礼の比ではない、強烈なハリケーンに圧倒されながら。
 俺の印象に残っていることは、ひとつだけ。
 みやなり先輩だって、初めてのケンカではないのだろう、慣れていらっしゃるようだったのに、柾先輩は慣れているどころの話じゃなかった。
 最初はみやなり先輩の一撃を受け、けれど、柾先輩はすこしも堪えたご様子はなく、きっとまた笑っておられた。
 風を切る、大きな拳から繰り出された凄まじい打撃は、みやなり先輩の鳩尾付近へ、きれいに入ったようだった。
 吹っ飛んだみやなり先輩。
 勝負は、一撃で決まった。
 問題は、その決着の後。
 恐らく、気を失っているだろう、みやなり先輩へ向かって。

 柾先輩は、びしりと一礼した。

 勝者を気取った、観衆へ向けたウケ狙いの、ふざけた一礼なんかじゃない…
 何故か、そう想った。
 柾先輩が一礼した瞬間、さまざまな盛り上がりを見せていたすべてが、静まり返ってしまったのだから。
 柾先輩の一礼に続いて、武士道も、日和佐先輩も…渡久山先輩も、一礼しているのが見えた。
 3大勢力の皆さまが、みやなり先輩に、礼を尽くした。

 俺は、この学校のことを、まだまだ何も知らない。
 始まったばかりだ。
 スタートラインに立っているだけだ。
 自分のこともままならない、武士道の外の顔は知っているけれど、この学校でどう過ごして来たかは知らない。
 まして雲の上の3大勢力の先輩方のことなど、ほんとうになにもわからない。
 わかり得ないことばかりだけれど。
 皆さまの一礼を見て、勝手に、胸が痛んだ。
 言い知れない、不思議な感傷に襲われた。

 そして。
 渡久山先輩は、昨日はたくさん泣けたのだろうか。
 もしかしたら、今日も泣いてしまうのかも知れない…

 そう想い至って、勝手に目頭が熱くなり、あわてて天井を見上げてごまかした。


 「……柾様……」


 だから、合原さんが複雑な表情でいらっしゃったことに気づかなかった。



 2010-11-10 22:48筆


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