27.風紀委員長の風紀日誌―柾昴考察―


 本日、曇天回復、現在、晴天也。

 凌、憂鬱極まりない表情、ため息が尽きない。
 無理もない、昴は本気だ。
 「凌、朝より顔色が優れん。此所は俺が1人で見ている。お前は保健室へ行ってはどうか」
 今にも倒れんばかりの凌に声を掛けるも、気丈な振る舞い変わらず。
 「大丈夫です、委員長…俺は、他の誰よりも、此所に居なければ…」
 「…良いのか?一部で噂が流れ始めている」
 声を潜めると、凌は一瞬、戸惑いを見せたが目を伏せた。


 「……構いません。恐らく新聞報道部には既にリークされているでしょう。この直後、本日2度目の号外が出る筈です。どんな記事か予想はついています。俺は、大丈夫です」


 凌の横顔を眺める。
 目の腫れは引いている。
 救いはそれのみ。
 それだけでも良い、1つでも救いがあるなら十分だと、眼前の見世物と化している舞台に立つ男は、笑うだろうか。
 昴は、強い。
 あんな変な男は、見た事がない。

 朝の見回りに、凌と出掛けた事が本日の反省点だ。
 そのまま朝礼の打ち合わせへ出る予定だった。
 いずれにせよ、昴の目を誤摩化す事は出来ないか…
 3大勢力や親衛隊持ちの風評が流れるのは早い。
 凌も、全てを悟った上で、昴の前に腹を括ったのであろう。
 今朝のやりとりが、想い返される。
 
 『あれー日和佐先輩と凌じゃん』

 昴が能天気だったのは、この第1声のみだった。
 莉人が隣に居た事は、まだ不幸中の幸いだったか。
 『おはよう、昴、莉人』
 『おはようございます、日和佐先輩、凌』
 『おはよーございますー…?凌…?何だよお前、その面……』
 柾の顔色と雰囲気が豹変したのは、一瞬の事だった。

 『目、腫れてんじゃん』
 『……別に、ただの寝不足で…』
 『ただの寝不足で、両目両瞼真っ赤に腫れんのかよ…?隈が出てねえ、嘘吐くなコラ…』
 『昴、止めないか!早朝とは言え、誰に見られる事か…凌は仕事で疲れている、今日は新学期初の朝礼で忙しい。我々風紀に構うな』
 『昴!行こう。皆待ってる』
 だが、昴の視線は凌を真っ直ぐに見つめ、離さなかった。

 『「風紀」とか「生徒会」とか、関係ねえ…俺は凌に聞いてる。お前が目ぇ腫らしてて、「今」、泣く理由が1つしか浮かばねえ…あいつだろ?』
 『止せ!』
 『昴、引け!』
 『凌、言え。言わねえなら、直接聞きに行く』
 俺と日景館が、双方向から制しているにも関わらず、昴は易々と拘束から逃れ、一切迷いのない足取りで歩き始めた。
 手には、3大勢力の長にのみ許される、ブラックカード。
 凛々しい背中から隠し様もなく溢れる怒気、揺るぎない足取り、目的地は明らかで、凌は観念した。

 『昴…言うから、もうそっとしておいて……彼と、別れた。それだけだよ』

 日景館の額に青筋が浮かんだ。
 凌から今朝聞いた時の俺と同じ反応だ。
 表面上は冷静に無言を保っても、身体は正直だ。
 しかし、昴はゆっくりと微笑った。
 口角を上げ、底知れない瞳で微笑った。
 『そっか。わかった』
 凌の頭を撫で、日景館を伴って去って行った昴を、呆然と見送った。
 その後、数時間もしない内に、昴は宮成に「喧嘩道」を申し込み、朝礼と4限を経て今に至る。
 正直、頭が痛い。

 「……委員長、ご迷惑お掛けして申し訳ありません」

 俺の表情を読んだのか、凌が本日何度目かの謝罪を繰り返した。
 「何を言う、凌。迷惑なのは昴の行動だ」
 「そうですね…昴は昔から変わらないと言うか、何と言うか…」
 本日初だろう、苦笑であっても小さな笑みを浮かべた凌に、少し安堵を覚える。
 凌の傷は、必ず癒える。
 犬に噛まれた様なものだ。
 
 解せない事はある。
 宮成を好いていたのは、「我々」の中では凌だけだった。
 昴は特に敬遠している様に見えた。
 凌の事があって尚の事、「喧嘩道」で蹴りをつけるつもりだろう。
 それにしても、度を超えて本気で激怒しているのはまさか、凌に特別な好意を抱いているのか。
 ならばそれで構わぬ。
 色恋沙汰の傷は、色恋沙汰で癒える。
 同じく、犬を失った傷は、犬で癒やすしかないのか…クンちゃん……

 「号外が出た後は、もっとご迷惑お掛けする事になります。委員長、俺は、」
 遥かな過去に想いを馳せかけ、凌の声で我に返った。
 職務中だ。
 「凌。次の風紀委員長はお前しか居ない。学園の『拮抗』を乱すのか?俺も安心して卒業したい」
 「……すみません…」
 「『弱気になるな。お前はしゃんとして前を向いてりゃいい』…と、舞台の上の男なら言うだろう」
 「……はい」
 「万事上手く行く。お前が信じなくてどうする?」
 「……はい」
 
 放送部の大袈裟な解説が始まる。
 周辺の野次馬からも歓声が飛び始める。
 やかましい喧噪の仲、凌は少し微笑った。

 「俺の…今日2回目の号外が出たら、前君の記事は存在感を無くすでしょうね。それは、良かったです」

 そうだな。
 この学園で喜ばれる記事は、何よりも色恋沙汰であるから。
 口には出さず内心で応じ、舞台へ目を向けた。



 2010-11-07 23:28筆


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