19.お母さん、ぽかんとする


 「――…中等部の頃から今まで、生徒会運営に携わって来られた事を誇りに想っています。本日を保って生徒会から離れる事は、如何し難い……」
 「宮成様〜!!」
 「朝広様〜!!」

 どこかたどたどしいご挨拶の合間を縫うように、ひそやかな歓声が響いていた。
 それは、硬い表情のみやなり先輩を、励ますかのようで。
 演台に置かれたマイクに触れる手は、気の所為かも知れないけれど、震えてる…?
 初めて舞台を通してお会いした、声も交わしたことがない先輩だ、渡久山先輩からお聞きしたお話は詳細に渡っておらず、先輩の人となりはわからない。
 個人の恋愛を、仔細に見聞きするなど、友人ではないのにできるわけがないのは無論のこと。
 けれど、極度の緊張に脅かされておられるように、見えた。

 そしてその原因は、みやなり先輩の後方で神妙な面持ちをなさっておられる、新旧入り交じった生徒会の皆さまの中…
 今は恐ろしいぐらいに無表情で、みやなり先輩を見据えたまま視線を逸らさない、柾先輩に関係したことではないかと想った。
 どうして柾先輩はこんなふうに、みやなり先輩を敵視と言える程、見つめておられるのか?
 当然、部外者の俺が立ち入られる問題ではない。
 渡久山先輩から聞いた、いろいろなお話が、勝手に浮かんできて。

 『この学園内での恋愛の様な真似事は、高等部3年生まで限定のお遊び、だという認識だ』
 『幼馴染みだったんだ』
 『他の『幼馴染み達』からは随分反対された…こうなる結末が見えていたから、ね』
 『特に昴は、建前上は彼と言う「先輩」「前任者」に従属するフリをしながら、革新的な生徒会の形を作って来た。彼とは静かな対極に居るものだから、それは凄まじく反対していたな…』
 『バレたらこっぴどく怒られるから、昴には黙っておいてね』
 『昴が革新的なら、彼は保守的だった』

 『好きだったんだ』
 
 『自然な想いじゃないから、この学園は絶えず荒れるんだろうね』

 胸がぎゅうっとなって、鼻の奥がツンとした。
 あの時の空気、夕暮れの光に照らされた桜、まっすぐで誠実な眼差しが濡れていたこと。
 想い出しながら、うっすら悟った。
 バレちゃったんだ…
 「幼馴染み」と仰っておられた、近いお付き合いだけに、簡単に隠しようがないことなのだろうけれど、早くもバレちゃったんだ…
 『バレたらこっぴどく怒られるから、昴には黙っておいてね』、まさにそのお言葉通り、柾先輩は怒っておられるんだ…
 渡久山先輩にも怒ったのかも知れない、でも、みやなり先輩に対してもっと怒っていらっしゃるんだろうか。
 
 どうして、そんなにも怒っていらっしゃるのだろう…?
 
 「――…しかし、後任の柾が率いる新生徒会が居るので、安心して引退出来ます。皆さんにとっても心強い事でしょう。柾、後は頼むな」

 考えごとをしている内に、みやなり先輩のご挨拶は佳境へ向かっていた。
 名前を呼ばれた柾先輩は、まっすぐ、みやなり先輩を見つめ、その側まで毅然と近寄って。

 信じられない。
 それはもう艶やかに、微笑って、みやなり先輩に握手を求めた。

 笑った、この人…!
 無表情から、急に、笑った…
 ものすごい、毒だ。
 「「「「「きゃ…きゃあああああっ!柾様〜!!」」」」」
 怒濤の歓声を上げた、柾先輩のファンの皆さまも一瞬、躊躇われた程の毒気の放出だった…
 間近で舞台を見上げている俺は、冷や汗が流れた。
 大人の男性の色気だ。
 毒があるものは、総じて、美しい。
 普段は奥底に秘めて隠している、とっておきの毒を、容赦なく浴びせるだけ浴びせて。

 「宮成先輩の立った後を濁さぬ様に、誠心誠意、会長職を全うさせて頂きたいと覚悟して居ります。宮成先輩、長きに渡り温かいご指導を有り難うございました。お疲れ様でした」

 また、にっこり、笑った。
 背中を、戦慄が走った。
 恐る恐る握手に応じられたみやなり先輩は、青ざめた笑顔で「よろしく頼む」と応えている。
 近くでなければ、わからなかったかも知れない。
 柾先輩が宮成先輩の手を、凄まじい力で握り返したこと…
 手の甲に、腕に、普通に握っただけでは浮かばない筋が、いくつも浮かび上がっているからわかった。
 気づいたのは俺だけだろうか、他の皆さまは柾先輩の笑顔に毒されたまま、歓声を上げ続けておられる。
 両隣のクラスメイトさんたちは、柾先輩のファンだったようだ、先輩のお顔しか見つめていらっしゃらないようだった。

 怖い。

 柾先輩は今、何を考えていらっしゃるのだろう?

 「俺様が会長になったからには、てめえら全員楽園へ連れてってやるよ…この2年間は毎日気合い入れて過ごせよ、簡単に昇天してんじゃねえぞ…?今日から俺様の治世スタートだ!」
 「「「「「ぎゃあああああっ」」」」」
 「「「「「柾様〜!!」」」」」
 「「「「「一生ついて行きます〜!!」」」」」

 入学式の時よりふざけた言葉、さっきの一喝が嘘のように掻き消えている。
 この御方は一体、ほんとうにどういった御方なのやら…
 俺の記事に一言、段保持者の如き流麗な文字を殴り書いたり。
 バカ笑いしたり。
 アイドルさまだったり。
 美味い美味いと人のお弁当を食べたり。
 『演じてんだよ』
 遠い目をしたかと想ったら、冷酷な眼差しでみやなり先輩を見つめている。
 子供だったり、大人だったり、いろいろなお顔を持ちすぎではないでしょうか。


 ……もしかしたら、柾先輩にとって渡久山先輩は、特別な幼馴染みさん、だからこんなにも怒っていらっしゃるのだろうか…?


 ふと、想い当たったことに、驚く程すんなりと納得した。

 舞台上で、未だ歓声を浴び続けておられる柾先輩とみやなり先輩を、ぼんやりと見上げた。
 人を特別に好きになるって、どういう、感情なんだろう…?
 俺にははっきりわからないだけに、胸がぽかんとした。
 ……って、ひーちゃん、俺に向かってウィンクしたり投げキッスまでしないでください…
 ちょっと…あーあーもう、そんなにはしゃいじゃって…必死になって手を振らないの…!
 空気読んで…ちゃんと読めるでしょ、できる子なんだから!
 あーあ…他の生徒会の皆さまは沈黙を保っていらっしゃるのに、あなたときたら……。



 2010-10-30 23:16筆


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