17.お母さん、不安に駆られる
その後、朝礼はすごくスムーズだった。
十左近先輩の巧みなアナウンスに沿って進行した。
田中校長先生のお話も、若干ぎこちなくはなったものの、スマートに終わった。
続いて、1学期の行事、校内施設に関する連絡事項について、各担当の先生方からお話があった。
春休み中の各部の健闘を称えるお話もあった(因にバスケ部が交流試合で優勝、野球部が県ベスト8、剣道部が市大会で2位、放送部が各校代表で表彰、文芸部が高校生の部で金賞入賞、などなど優秀な成績を修めたそうだ。すごいなぁ…)。
それから、理事長…十八さんのお話へ。
会長さまの一喝後、とても静かだった競技場内に、再びざわっとした空気がすこし戻って来た。
十八さんはにこにこと笑顔を絶やさず、「おはよう!」と明るい第一声。
「きゃぁ…!」
「理事長様、ステキ…!」
その笑顔にあちらこちらから僅かに歓声が上がった、その時、十八さんの笑顔が厳しいものへ変わった。
「――…私は先程の柾君の一声に感謝して居ます」
唐突な言葉に、また、辺りが静まり返った。
「校長先生の話の途中に乱入し、乱暴な言葉遣いで話したのは確かに宜敷くない。その件については後々注意を促さなくてはならないでしょう。しかし彼は、我々教職陣が言わねばならない事、それにも関わらず二の足を踏んでいた事を代弁してくれた。柾君が君達生徒の代表として、新たに生徒会会長の任へ就く事を心強く想います。
君達はもっと、大人に成らなければならない…限られた学生生活ですが、やがて社会へ巣立つ君達には、我が学園に於いて勉学だけではなく、日々大いに学んで欲しいと願います」
いつも穏やかな十八さんが、険しく、真摯なお顔をなさっておられる。
誰も咳払いひとつせず、黙って聞いている。
硬質な空気は、再び笑顔になった十八さん自身が払拭して、話題は1学期の心構えについて移った。
時々、目が合ったような気がする。
壇上の十八さんからは、生徒さんたちのお顔がよく見えるに違いない。
とりわけ俺は、最前列のほぼ中央に位置する。
入学式の時より、距離が近いようだ。
曖昧な笑顔を浮かべつつ。
会長さまの一喝が、まだ、消えない。
腹に来る、重い言葉、怒りだった……
目の前で個人的に怒鳴られたわけじゃないのに、怖いと、感じた。
すごく、怖い。
同時に、何かあったんだろうかと、勝手に気が迷っている。
会長さまは礼節を重んじる御方なのかも知れない、けれど、入学式や食堂の時は、すべてを面白がっている余裕さを感じた。
なぜだろう、今日の会長さまからは、そんな余裕が失せているように見える。
ほんとうは、何に対して、怒っていらっしゃるのか…?
いちばんの疑問は、何で俺はこんなことを感じているのだろうか、ということなんだけれど。
「――では最後に、各役員の引き継ぎ挨拶を行います。一同、くれぐれも最後まで静粛に、各自の立ち位置から離れて行動しない様に」
そのアナウンスが終わるか終わらないかの内に、舞台を守護するが如く各所に、先生方と一様に眼鏡をかけた生徒さんが素早く立った…
SPさんのような立ち居振る舞いに、俺はデジャブを感じた。
ずいぶん控え目ではあるけれど…歓声が、あちらこちらから聞こえる。
こ、これは…まさか…
もしかしなくても、まさか…!!
「「「「「きゃぁあああああっ…!!!」」」」」
き、来たっ…おいでなすった…!!
さすがに2回目のアイドルコンサートとなると、俺も慣れるのか、耳を押さえるタイミングばっちり!
だけど、この歓声っぷり…
さっきの会長さまや十八さんのお話の意味は…?
あぁ…無情…
入学式のように、前方へ押し寄せる勢いはないものの、ほとんどの皆さまがその場で歓声を上げ、ぴょんぴょん跳ね回っていらっしゃる。
やっぱりものすごい人気なんだなー…
線目になった所で、十左近先輩のどこか諦めきった風情のアナウンスが響いた。
「最初に生徒会役員挨拶!役員は前期、今期共、舞台へ出て下さい」
「「「「「ぎゃあああああっ!!」」」」」
「「「「「うおぉぉぉぉぉっ!!」」」」」
あわわ…あわわ…!
舞台上に、複数の生徒さんが登場!
皆さま、光り輝いておられるっ…
後光が差して見えるっ
…眩しいっ!!
わー…ひーちゃん、ピッカピカの笑顔でにこにこ、ひらひら、手を振っている…ちゃんとお仕事してることには安心だけれど、どや!っていう得意気な笑顔を俺に向けないで…目立ったら大変だから!
ひーちゃん、どなたさまよりも惜しみなく笑顔だ…
元気なのはいいことだけれど、何か心境の変化でもあったのかな?
なんだかよくわからないながら、これから真面目に生徒会のお仕事に励んでくれたら、俺は本望です。
あぁ、あぁ、でもブレザーの左袖のボタン2個目、ほつれちゃってるじゃーん…相変わらずチェックが温いんだから!
見知らぬ方々は、前期の生徒会役員さまなのだろう。
どなたもお1人お1人光っておられる。
けれど。
舞台の照明もさっきまでと変わらない、お天気も良好だ。
それなのに、目が慣れてきたら違和感を感じる。
何故か澱んでいる雰囲気。
笑顔の皆さま…ひーちゃん以外…が、引きつって見えるのはどうしてだろう?
その原因は、すぐにわかった。
真ん中に堂々と立つ、柾先輩だ。
変わらず眼鏡のお顔は、皆さまと同じく笑顔を称えておられる、それなのに身に纏う空気は硬い。
「前期生徒会を代表して、前生徒会長、宮成朝広(みやなり・ともひろ)君より引き継ぎ挨拶を頂きます」
事務的なアナウンスに、俺は目を見開いた。
舞台の中央、演台へ進み出た、背の高い美形さん。
獅子のようにツンツンした髪型と、どこか躊躇いながら口を開くお姿。
『彼は、昴の…今の生徒会長の前任でね。つい最近まで会長職に就いていた。明日の朝礼で引き継ぎの挨拶をすると想う』
渡久山先輩のお声を想い出した。
そして、挨拶を述べ始める、前期生徒会長さまを、それは酷薄な瞳で冷ややかに眺める会長さまを見つけた。
2010-10-28 23:53筆[ 180/761 ][*prev] [next#]
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