16.ラスボス、吠えた


 「今日からいよいよ新たな学期が始まります。3年生は最上級生となり、我が学園での生活も残す所1年、2年生は進路を見出して行く時期、1年生は高等部進級で緊張と期待で一杯でしょうが、諸君にとって悔いのない1年とする為には、この1学期が勝負の分かれ目で――…」

 『…おっとしまった、まだ名乗ってなかったな…儂の名は、田中太一』

 『本職の傍ら、学園内の花壇や庭をいじるのが趣味でなぁ…庭師や業者とも親しくさせて貰っとる』

 『頑張りなさいよ』

 お話の合間に、昨日の遭遇が、脳内にフラッシュバック。
 唖然としている内に、どんどん田中さんの…校長先生のお話は進行していった。
 用務員さんだろうとか、想ってしまっていた…
 きちんとしたダークブラウンの背広をお召しになり、舞台の中央に据え置かれた演台でお話されている田中校長先生のご様子は、威風堂々そのもの。
 田中太一さんというお名前、どこかで聞いた筈だ…初めて学園案内のパンフレットに目を通した時だ。

 お写真がなくて、直筆サインがついたご挨拶文だけだったものだから、うっかり…
 クラスメイトさんや、各役員さんのお名前を記憶するだけで精一杯だったし…
 アイドルコンサートの時はもう、てんやわんやだったし…
 なんて、そんなの理由にならないですよね!
 うわー、とんだ失礼をしでかしてしまった…!!
 なのに丁重に接してくださったんだ…
 なんてお優しくて気さくな御方なんだろう、そんな御方が校長先生だったなんて。

 学園の絶景ポイントなどにもお詳しい、植物や花を愛されておられる、田中校長先生。
 ハキハキと滑舌を振るうお姿を見て、熱中症はすっかり回復なさったようだと、ほっとした。
 またお会いする機会があったら、無礼をお詫びしなくては…
 田中校長先生お勧めのポイント、制覇するつもりだし!
 いつかまた、お会いすることができるだろう。
 そうしたらお詫びして、グラウンド関連のポイントなどもお伺いできたらいいな。
 そんなことを考えつつ、老成されたお声に、耳を傾けていたら。

 「……まだ〜…?」
 「こーちょー、話長ぇよ…」
 「この後が引き継ぎのご挨拶かなっ?きゃー、楽しみ〜!」
 「あーん、柾様ぁ…生徒会の皆様、どちらにいらっしゃるのかしらん!」
 「ふわぁ〜あ…ダルっ」
 「ねぇねぇ、風紀の皆様のメガネ、今日はフレーム有りだと想う?」
 
 ざわざわ、ざわざわ…
 ちいさな波紋が次第に広がって行き、あちらこちらがひそやかに騒ぎ出す。
 1人が喋ればつられて周りも喋り始める、私語が私語を呼ぶ。
 野次めいたお声すら囁かれ始めた。
 落ち着きのなくなった空間。
 田中校長先生はお顔を曇らせながらも、それでも、お話を続けておられて。
 だからたぶん、十左近先輩も注意を促すアナウンスができないまま、沈黙を守っておられるのだろう。

 もしかして、いつもこんな感じなんだろうか…?

 ほとんど誰も、校長先生のお話を聞いていない。
 1年生も、2年生も、3年生も、気怠そうに立っていて、我がことで必死で、誰も舞台上に注目していない。
 
 どうしたら…どうしようもないけれど、俺に何かできないか… 
 『朝礼中に食堂の時みたく、お母さん節を炸裂させたりしないでよねっ』
 『……気をつけなよ……お前、いろんな所から見られてる』
 ついさっき聞いたばかりの、合原さんのお言葉が耳に痛い。
 だけど、こんな、こんなのはよくない。
 先生を、目上の御方を、学園の自然を愛されている御方を、後でイベントが用意されていようとも、蔑ろにしてしまうなんてよくない。
 ぎゅっと、拳を握り締めた、その時。


 「うるっせえ…!!てめえら、静かにしろっ!!」


 怒声が、響き渡った。
 マイクを通していない、けれど、重量のある低い一喝。
 時間さえ止めてしまったかのように、辺りにくまなく浸透し、一瞬ですべてが静まり返った。
 無意識下の生命活動さえ、一時停止させられてしまったような衝撃。
 無音になった空間、視線は自然と、舞台上に向けられた。
 そこには、俺たちと同じく唖然とされておられる、田中校長先生と、本気で怒り猛っている生徒会長さまがいらっしゃった。

 瞳が、本気で。
 真剣に、怒っておられる。
 とても怖くて、鳥肌が立った。
 誰だ、あの御方は。
 いつまでもしつこくバカ笑いしていた、笑い上戸のあの御方と、まったく重ならない。
 コンサートの時の印象すら、微塵も感じられない。
 普段はコンタクトなのだろうか、今日は眼鏡をかけていらっしゃる、レンズ越しの瞳が、一分(いちぶ)の逃走も許さないように鋭く細められ、会場内をねめつけている。


 「てめえら、ガキか…?わざわざてめえらの為に時間割いてんだろうが、怠ぃだの長ぇだのしのごの言ってんじゃねえよ!!その様で偉っそうに社会へ乗り込んで行くなんざお笑い草だ、身の程知らずの恥知らずも大概にしろや、あ゛ぁ?
 どんな時間にも意味が在る、否が応も無え、てめえより長く生きてる人間の話を上手く聞けねえなんざ、幼稚にも程がある…てめえでてめえの身に良い所だけ蓄えて行きゃ良いだろうが、てめえの力ひとつで立てねえ分際で他人に期待してねえで、此所に居る意義はてめえで見つけろっ!!ガキは幼等部からやり直して来い!
 次、騒いで見ろ…追い出してやる…文句ある奴ぁ正々堂々かかって来い」


 すこしの容赦もない言葉に、返る声も、呼吸すらなくて。
 誰もが息を呑んで、その迫力を真っ向から受け止めて。
 暫く、会長さまはゆっくりと、個々を確かめるように視線を巡らせてから。
 ふ、と息を吐いた。
 「校長先生、失礼致しました。お話の最中に勝手な真似をしてすみません」
 さっと潔く一礼をし、戸惑っておられる校長先生に、「お話の続きをどうぞ」とにっこり。
 更ににっこりしたまま、くるっとまた会場内に向き直った。
 「怒鳴って悪かった。中にはちゃんと聞いてたヤツも居るよな、済まん」

 先程の獰猛さが嘘のように、きれいな微笑を残し、舞台後方へ下がられた。



 2010-10-27 23:49筆


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