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 一部のクラスメイトさんは、怪訝なお顔をなさっておられた。
 一部のクラスメイトさんは、何も気にすることなく、それぞれの輪の中で会話を続けておられた。
 一部のクラスメイトさんは、俺に視線を向けておられた。
 それぞれの反応をゆっくり見渡しながら、ちいさく息を吐いた。
 俺の声は皆さまそれぞれに届いて、なんとか複雑ながらに消化されているはず。
 今できることはこれだけだ。
 後は慌てず騒がず、「人の噂も七十五日」!
 これ以上、いろいろなことを刺激しないように、静かに暮らすのみ。
 
 後ろで、なにやら今にも狙いを定めて吠えそうな、気の強い犬さんの如き様相でいらっしゃる美山さんに、「とりあえず座りましょうか」と笑ってみせた。
 美山さんは一層眉間のシワを深くされたものの、何かをぐっと堪えるように短く頷き、揃って足を進めたら。
 「はよー!おっはよー!っと、おっ!前、おはよう!今朝は災難だったなードンマイ!!おぉ、美山もついでにはよー」
 教室内に漂っていた、俺の所為でおかしくなっていた空気が、一気に消し飛ぶ勢いを感じた。
 今日も元気で明るい、音成さんだ。

 クラスメイトさんたちにお声をかけながら入って来られ、俺と目が合った途端、にこにこと明るく挨拶してくださった。 
 音成さんの明るく弾んだ声、今朝のこと…校内新聞を拝見されたのだろう…を笑い飛ばすような、誰も責めないお言葉に、急にぽかぽかと暖かい気候を想い出した。
 そうだ、長い冬は終わって、もう春なんだった。
 「おはようございます、音成さん。すみません、新学期早々お騒がせして…」
 「は?!ナニ謝ってんの、前。マジ律儀なんだなー俺もコレ、貰ったけどさぁ」
 そう言って、音成さんは手に持っていらっしゃる、丸めた紙をぶんぶん振った。
 あの記事だ…!

 「こんなの気にしてたらキリねーし、いちいち毎回恐縮してたら、コイツら得体の知れない『新聞報道部』の想うツボだぜー?ただの娯楽もんだしさー真に受けて本気にするヤツなんてほんの一部だし?ま、お前も気にすんなよ!」
 カラカラ笑って、丸めた紙をくしゃくしゃっと更に丸めて、ぽいっと。
 教室後方に設置された、ダストボックスという呼び方が相応なお洒落ゴミ箱へ、バスケットゴールよろしくシュートなさった音成さん。
 あの記事は、見事に収まった。

 「ま、3大勢力と面識あんのはちょっとよろしくないけど…お前のアノ『お母さん』っぷり見て実感したら、誰だって納得すんじゃね?数日大人しくしてたら、問題ないだろー」
 ぽそっと、言ってくださった言葉。
 「つか、何その荷物ー!すっげーのな…教科以上の荷物じゃね?」
 すぐに何事もなかったように、俺の荷物の山に注目して、目を見張っておられる。
 音成さんの明るさに、すごく、助かった。
 心の底から、助かった。
 だから、せっかく明るい空気を作ってくださった、それを壊したくないから、俺も笑って応えた。

 「これはですね、実はお昼のお弁当なんです」
 「弁当?!」
 音成さんが素っ頓狂なお声を出した、その時。
 音成さんのお陰でクラス内が活気づき始めた、その空気が再び硬質になったのを感じた。
 顔を上げたら、合原さんがまっすぐ、俺へと向かって来られるのが見えた。
 無表情な合原さん。
 手にはやっぱり、あの記事らしきザラ紙…
 どこかで大々的に配っておられるのだろうか、俺と美山さんは遭遇しなかったけれど…どれだけ出回っているのだろう?

 「おはよう、前陽大」
 「おはようございます、合原さん…あの、朝からお騒がせしてすみません」
 合原さんは、ちいさくかぶりを振られた。
 「3大勢力筆頭にその他、人気のある生徒には親衛隊、並びに呼称を変えたファンが付いている。それはもうわかってるよね?」
 「はい」
 「親衛隊には縦横の繋がりがある他、各隊共通の一括ネットワークがある。僕は新生徒会長、柾昴様の親衛隊幹部で、前陽大のクラスメイトだから、総意を伝える様に言われて来た」
 真摯な、ビジネス然とした眼差しに、どきりとした。
 合原さんが、いかに真面目に、誠実に親衛隊活動に励んでおられるのか、垣間見えた気がした。


 「前陽大、全親衛隊は、一昨日の食堂並びに今朝の出来事を黙認する」 


 黙認…?
 「これは破格の待遇だ。黙認するとは言え、君を認めた訳ではないからいずれ上から話が来るだろう。但し、これ以後、君が皆様に悪影響を及ぼす行動を取れば、我々はいつでも容赦しない。心しておく様に」
 ???
 お話が難しすぎて、よくわからないのだけれど…
 3大勢力のファンの皆さまは、今回の件は大目に見てくださるようだと、判断してもいいのだろうか。
 「ありがとうございます」
 心の中で、語尾に「?」を付けながら、合原さんにお礼を言った。
 合原さんは、またちいさくかぶりを振って。


 「柾様から直接伝言。しばらく地味にしとけってさ。お前、柾様に目をかけられてる有り難みをしっかり噛みしめなよねっ」


 音成さんと同じく、誰にも聞こえないように続けられた言葉。
 生徒会長さまは、一体何を考えておられるのか…
 そもそもあの記事に施された、殴り書きながら巧みな一筆は一体…ほんとうによくわからない御方だ。
 深いため息を吐きたくなったのを堪え、合原さんにちいさくお礼を言った。
 言われなくても元々が地味だし、更に地味に日々を過ごすつもりですから…生徒会長さま宛てに内心で呟きつつ、やっと自分の席へ着いて、荷物を下ろした。



 2010-10-23 23:23筆


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