9.それは今朝のこと


 高等部1学期最初の朝礼の打ち合わせは、剣呑な雰囲気の下で行われていた。
 関係職員、放送部員は首を傾げる他ない。
 一見「彼ら」はそつなく見えた。
 大人しく説明に耳を傾け、求められれば的確に意見を述べる。
 けれど、いつになく硬く重苦しい空気。

 発生源は、間違いなく、この程生徒会長に就任したばかりの柾昴。

 長い足を組み、何事か想う腹があるのか、頬杖をついて書類を眺めている。
 だらしない筈の姿勢が、この男がやるといっそ凛々しく見えるのは、王者然とした貫禄故か。
 その表情は、珍しくかけている伊達眼鏡で若干和らいで見えるが、鋭利な眼差しが時折四方に向けられるのは隠し様がない。
 朝から、不穏な情報もある。
 居並ぶ教職員と「彼ら」以外の生徒は、張りつめられた空気の重さに胃が縮まる想いだった。
 それ故か、打ち合わせは早々に切り上げられた。

 逃げる様に会議室を出て行く、善良な人々。
 昴の視線は、揺らがない。
 気怠そうに立ち上がった所で、本日の朝礼で各役員は引き継ぎ挨拶を行う事になっている、その前任者である先輩方に呼び止められた。
 「あんまり朝っぱらから問題起こしてくれるなよ、昴」
 「頼むぜー?俺達もこれでお役目ご免だ、引き際はキレイにしておきたいんだよ」
 一様に苦笑を浮かべている、先輩方に本気はなく、どこか芝居がかった大仰な口調に昴も目を細めた。

 互いに、長い付き合いだ。
 「彼ら」は昴の性質をよく知っている。
 知っているが故に、自由に走らせてくれた。
 「彼ら」は昴が見せる結果を、いつも楽しんでくれた。
 自分は可愛がって貰えて来た。
 今日が事実上、先輩方との最後の決別の日。
 これから社会へ向けて、苦難の道を歩み始める先輩方に、笑って見せた。


 「ご期待に添えられる様に努力します。
 ……ねえ、宮成朝広(みやなり・ともひろ)先輩?」


 最初の言葉は、後輩として素直な気持ちを。
 最後の言葉は、落ち着かなく所在ない様子で後方に佇む1名へ、個人的な感情を。
 空気が、ざわりと動いた。
 今にも発火しそうな、それでいてどこか愉悦を含んだ昴の眼差しに、気づいた現生徒会が素早く近寄って来た。
 「おとーさん、早くぅ。みー、お腹空いたぁ」
 「おとーさん、ほらぁ。ゆー、お喉乾いたぁ」
 昴の両腕にぶらさがり、ふざけて戯れる双子の子猫のお陰で、危うい気配は雲散した。
 双子の機転に甘え、先輩方は曖昧な笑顔を浮かべながら、また後でと去って行った。

 子猫達を腕にぶら下げたまま、昴の冷ややかな視線は変わらず、1人の先輩の背中を凝視していた。

 「昴、勝手な真似をするな」
 一部始終を見守っていた、現風紀委員長、日和佐誉がため息を吐いた。
 「すみません、日和佐先輩」
 「……今、何について謝った?」
 「いいえ、別に何も?」
 「……お前は全く……そもそもその眼鏡、我々への冒涜か、服従か」
 「やだなあ、先輩!俺が風紀に楯突く理由がありません」
 「どうだか……」
 遠い目をする、恐らくこれまでの様々な日々を想い返しているのだろう、苦労多き悩める風紀委員長に、さすがに同情の念を覚えるのか、生徒会の面々も「すみません、風紀委員長」と声を揃えた。
 
 快活に笑っていた昴は、風紀委員長の後方に隠れる様に立っている、渡久山凌に視線を留めた。
 不安そうな瞳と視線が合う。
 「腫れ、引いたみてえじゃん」
 「……昴、」
 「何も言うな」
 凌の額を軽く小突き、くしゃりと頭を撫でる。
 何気ない動作は、ごく自然で。
 凌は諦めた様に深いため息を吐き、話題を切り替えた。

 「ところで、今朝は随分早起きした様だね?」
 それだ!!忘れてた!!と、全員の視線が昴へ集まった。
 当の本人は涼しい顔をしている。
 「べっつに〜?此所に居たら身体が鈍るから、軽〜く走りに起きただけですけど〜?」
 「「「「「自分の立場を弁えろ。年中重役出勤のどの口がそんな戯言を言うか」」」」」
 四方八方から飛んで来た口勢に、大仰に肩を竦め、「健康管理を責められるのは不条理だ」と口を尖らせている。
 挙げ句の果てには、双子が真似をして口を尖らせる様に便乗して、誰がどれだけ口を尖らせられるか大会を繰り広げる始末。

 マイペースな「俺様」生徒会長様に、周囲のため息は尽きない。


 「荒れるな……今日『も』」


 風紀委員長が、見事に全員の心境を言葉に現した。
 聞こえているのかいないのか、口尖らせ大会を終えた昴は、相変わらず腕に絡みつく双子と引っ付きまわってじゃれている。



 2010-10-19 10:22筆


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