6.孤独な狼ちゃんの心の中(4)
慣れない早起きをした。
自覚はあった、ダッセェ真似してるって。
くだらねー……けど、昨夜の武士道…特に一成サンが、慣れた様子であいつのフォローしてた、あの光景が忘れられない。
あいつが言うままに、動ける。
あいつが言わなくても、動ける。
俺はただ、見ていただけだ。
見ているしかできなかった。
だから、いつより早く寝た。
あいつより先に風呂に行って、使ったことのないケータイのアラームをセットして、さっさと寝た。
たっぷり寝たしオールは慣れてる、けどアラームに起こされた時は本気で殺意が湧いた。
まだ薄暗い部屋の中、だらだら寝返りを打ってたら、物音が聞こえた。
あいつが起きて、活動し始めたのか。
防音設備は整ってる、控え目な質のヤツが早朝から騒々しく動き回る筈がない、それはささやかな気配だったが、俺を起こすには十分だった。
毎日いつ起きてるか知らねー、寧ろあいつより早く起きるつもりだったのに…
もう起きてんだな。
部屋を出たら、自室へ引っ込んだのか、ヤツの姿はもうなかった。
好都合だ、寝起きの情けねーツラ、見せたくねー。
そのまま洗面所へ向かい、顔を洗ったら、いくぶん眠気がマシになった。
しかし、欠伸が止まんねー…
ダッセェ俺。
こうして起きたからって、あいつにお前如きがキッチンに立つな、お前は使えねーと判断されたら無意味に終わるっつーのに。
けど。
俺より余程ヒドく荒れて捻くれてた(今だってヤツが居ねー所では変わってねー)、残虐非道で知られる武士道(特に仁サンと一成サンはヒドかった)が、甲斐甲斐しくキッチンに立ってた。
ヤツの前では目を疑う程、素直で大人しく変貌してた。
喧嘩の腕しか知らなかった、あろう事か料理の腕も達者みてーだった。
あの武士道に出来る事が、俺に出来ねーワケがない。
俺だって、やれば出来る筈だ。
あいつのメシは、正直、毎日食いてーぐらい美味い。
あいつにも都合があるだろう、毎日が無理でも可能な限り食いたい。
なら、俺も誠意を示すべきだろう。
手伝いをしてた武士道を見るあいつの目は、マジこれが母親っつーもんかっていう、すげー穏やかで優しかった。
何かする度に、いちいち「ありがとう!よくできたね!」「流石だね!」と褒めてやっていた。
……一成サンは確かに、何でもかんでも器用なヒトだけど、にしても褒め称え過ぎだろうが……別にどーでもいーけど、抱きつくとか大好きレベルとか、大いに謎だ……
とにかく、手伝いをすりゃ、美味いメシがもっと美味く食える。
引け目なんか感じなくて良い、堂々と食える。
あいつがまた出て来るのをリビングで待ちながら、どう言ったら良いもんか、起き抜けの冴えない頭で考え続けてた。
のが、懐かしい。
ついさっきまでの事が、もう遠い。
「美山さん?!ぼーっとしないで下さい!!焦げますよ!!厚焼き卵中は集中!集中!」
「……?!は、はい」
慌てて箸で卵を引っくり返しながら、残りの卵を入れた。
「油が足りない!!それだとこびりついてしまいます!!火加減、油加減、卵液の量加減、要注意って言ったでしょう?!」
「はい!すみません」
横からさっと伸びて来た手が、油を足すなり直ぐにてめぇの作業へ戻って行った。
卵に注意しながら、ちらっと横目でヤツを見た。
すげー……
としか言えねー。
神業だ。
見る間に弁当の形が出来上がってる。
いつの間に用意してたのか、もう出来上がってる美味そうな惣菜を、でっかい重箱にテキパキ詰めて、またその彩りが見事で、料理に疎い俺でもキレイだと想った。
余った惣菜はタッパーに小分けされ、冷蔵庫へきっちり収納されてった。
揚げたばかりの唐揚げは、重箱2段を占拠してる。
俺がもたもた卵を焼いている間(しかし、卵も唐揚げ同様に大量だ…もうこれで3本目だ)、ヤツはそれだけじゃない、握り飯までちゃっちゃと作りやがった…!
見事な小ぶりの三角むすび、中身もバラエティに富んでやがる、それは重箱1段を占拠。
そして、ヤツの表情も豊かだ。
快く俺の手伝いを受け入れてくれた、今に至るまでいろんな顔を見た。
真剣だったり、怒ったり、笑ったり、上手く出来たら嬉しそうだったり、食材を見る目は基本的に穏やかで、俺は落ち着かなかった。
「大事な人達の事でムキになる」、前陽大。
てめぇの夢があって、将来見据えて毎日ガチで生きてる、こいつに俺はどう見えてんのか。
この数日で、どれだけお互いを……
「……み・や・ま・み・き・さん…?焦げる3秒前なんですけど…?」
「!!わ、悪ぃ……」
しまった、ついぼーっとしてた。
作業が終わったらしいヤツに、声を掛けられてマジびびった。
慌てて引っくり返した卵は、食えるだろうが濃い焼き色がついてた。
「美山さん…」
「すみませんでした。以後気をつけます」
お前なんか用無しだ、出て行けと言われまいと謝罪した。
けど、ヤツは。
「もしかして疲れちゃいました…?いきなりたくさんお手伝いしてもらっちゃいましたから…大丈夫ですか?あと2本、俺が代わりますから休んでいらしてください。すみません、気づかなくて…もうこれで終わりなので、すぐ朝ごはんにしますね」
何でお前は、そんなに…
責めそうになった。
何とか堪えた。
言ったらダメだ、こいつを責めたら、何かが、壊れそうな気がした。
ちょっとぼーっとしてただけだ、残りもちゃんとやる、悪かったと言えば、じっと俺の目を覗き込む様に見て、微笑った。
「わかりました。じゃあ、お任せしますね!俺は朝ごはんの仕度をしていますから、何かあったらお声をおかけください」
「……あぁ」
何でか、お前の隣は落ち着かない。
昨夜の一成サンの、本気で戦る時の目が、脳裏に浮かんだ。
2010-10-16 23:21筆[ 169/761 ][*prev] [next#]
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