5.赤い狼ちゃん、初めてのお手伝い
再び手を洗いまして、ようやくキッチンへ。
「では、始めますね」
「はい。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します」
またも神妙な面持ちになった美山さんが、深く頭を下げるものだから、俺の気も引き締まり一礼を返した。
それから、同時に腕まくり。
「作る前に先ず、今朝の献立をお伝えしながら、材料を出して行きますね」
「はい」
コホンっ、咳払い。
美山さんは食い入るように真剣に、俺の一挙一動、一言一言に神経を集中させている。
「今朝の朝ごはんは、高校生になって最初の1学期を迎える日ということで、元気に頑張れるように和食にします。実は、こちら…昨日の水炊きで使った鶏つくねをこっそり置いておきました。その鶏つくねと水菜のお味噌汁、豆腐としらすの茹でキャベツサラダ、梅おろし納豆を発芽玄米入りごはんで頂きます。
朝ごはんと並行して、お弁当も用意しますね。本日のお弁当は、十八学園で初めてのお弁当ということで、皆だいすき唐揚げがメインです。その他、おかずは既に仕込んであるので、お弁当の用意は簡単です。唐揚げも昨日の内から漬けこんでいますから、後は揚げるだけ、他は厚焼き卵を焼くのとおにぎりを作るぐらいですね」
こくこく、何がなんだかわからないというご様子ながら頷き、台の上に並んだ食材をガン見なさっておられる美山さん。
「美山さんには、大根おろしと厚焼き卵を作って頂きます」
「な…!いや、あの…いきなり、無理だろ…じゃないですかね」
顔色が変わる美山さんに、安心して頂けるように力強く笑って見せた。
「大丈夫!俺がついていますから」
「……そりゃそうだろ…ですけど。俺、マジで何もした事ねーし…」
「美山さん!!男は侍です!!侍魂を忘れないで下さい!!人間、やる気になってできないことはありません。問題は、どれだけ本気か、ただそれだけです」
ばーん!と景気づけに背中をはたくと、すこしよろめきながら、美山さんはきりっと頷いてくださった。
「ほんとうはごはんを炊くところから始めたかったのですが…生憎、さっき起きた時に研いで水揚げしちゃったので…それはまたいつか、機会があればお願いします。とりあえず炊飯スタートさせますね」
「……明日」
「え?」
「明日、メシ炊き、覚える…ます」
なんと…
美山さん、もしかして、ずっとお手伝いしてくださるおつもりなのだろうか…?
冗談を言いそうにない真剣なお顔で、一世一代の決意のように仰っている。
どういったご心境なのか、あまりに真剣なご様子なので窺い辛い気配だけれど…
なにごとも、やる気があるのは素晴らしい!
わかりました!と大きく頷いてから、大根を洗ってカット、おろし金ごと美山さんの前へ置いた。
「……すげー…ですね。包丁、慣れてんですね」
「美山さんもこれぐらいすぐできるようになりますよー」
「……頑張ります」
「はい!では、ひとつ見本を。美山さん、きっと力がお強いでしょうけれど、そんなに力を入れなくても大丈夫ですからね。こんなふうに、おろし金に対して斜めに合わせて、前後にすりおろしてください。あんまり強く握りすぎると、大根に体温が移っておいしくなくなります。程々の力で素早くおろしてください。大根が新鮮ですから、今日は皮ごとおろします」
「はい。……すげー…ですね。こんな風に作んのか…」
初めてのお手伝いに、すくなからずとも感動なさっているご様子の美山さんを微笑ましく見守りながら、俺は俺の作業を進めた。
中華鍋に油をひたひたにし、温め始める。
その横で、お鍋にお湯を沸かし、キャベツをさっと茹でてザルに揚げたら、素早く鍋を洗って出し汁を入れ、お味噌汁の用意。
つくねに火を通している間に、大きいバット2枚に新聞紙と網を引いて、油の温度を確かめる。
もうちょっとかな…
その合間にお味噌汁を作ってしまおう、水菜は温め直した時に後乗せでいい、フタをして鍋を別の所へ置く。
「できました」
「ありがとうございます。では、このシリコンラップをして冷蔵庫へ入れてください」
「はい」
「これから唐揚げを作るので、美山さんはおろし金を軽く洗いつつ、見物していてくださいますか」
「はい」
油がちょうどよく温まった!
「今日の唐揚げはかつおだしとにんにくをベースにした、こっくり味のとびきり美味しい唐揚げです。しっかり漬けこんでおいた鶏もも肉に片栗粉をまぶし、中温をキープしながら2度揚げして、カラッと仕上げます」
「はい」
「油が跳ねるので、気をつけてくださいね」
「はい」
投入と同時に、ジュワジュワーばちばちっという激しい音と、香ばしい香りが台所に立ちこめた。
もうすこし…という所で、中華鍋にかました半月型の網へ揚げ、第2便を投入、第2便がもうすこしの段階へ近づいたら網へ揚げ、第1便を再投入…と、延々、6便ぐらいくり返しの作業。
先程用意したバットは、見る間に唐揚げの山となった。
「……すげー……ですね」
好奇心をくすぐられたのだろうか、近寄って来られた美山さんに最終便を託したら、おっかなびっくりの危うい手付き!
なんだかお可愛らしくて、すごく和んだ。
美山さんは真剣そのもの、唐揚げと格闘していらっしゃる。
「よし!これで唐揚げの完成です!」
「……すげー……美味そう…量も半端ねー…ですね」
「唐揚げ、武士道も大好物ですからね」
あれ?
ぴくっと、美山さんのこめかみが動いた…?
「昨日、一緒にごはん食べたでしょう?その時に勘づかれちゃったので、皆に分けてあげる約束なんですよ〜これでも足りないぐらいです」
「……ふん…」
あれ?
美山さんも唐揚げ、お好きなのかな?
どことなくふてくされたお顔だ、唐揚げ争奪戦スタート前の武士道を彷彿とさせる。
「美山さんにはお手伝いの特権!味見をどうぞ。熱いから気をつけてください」
できたての唐揚げ、最初に揚げた分を菜箸で割ったら、ふわあっと湯気が立ちのぼった。
美山さんはふてくされたお顔のまま、ぱくりっと一口で。
猫舌ではないようだ、もぐもぐごっくり、すんなり召し上がられた。
「いかがですか?」
感想を聞いたら、ぼそり。
「……もっと」
「いけません」
「……はい」
さて、ラストスパート!!
2010-10-15 23:36筆[ 168/761 ][*prev] [next#]
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