34.「ザ・食堂ファン」はまたいつか


 あー身も心もほっかほか!
 おいしい鍋だった〜!
 そして、最高においしい雑炊だったな〜…
 しあわせだな〜…
 リビングの窓を開け放し、窓ガラスにたっぷりくっついた水蒸気に驚きながら、皆で片付けてまったり。
 まったりモードのところへ、仁が人数分のフタ付き紙カップを持って来て、皆に配っていった。
 ひんやり、冷たいカップ。
 シンプルな白地の紙カップには、なぜか学園のマークが金色で描かれていた。
 プラスチックのフタは、乳白色の無地。
 見たところ、アイス???

 「「「「「こ、これは…!」」」」」

 そのカップを手にしたとたん、武士道の顔色が変わった。
 「……!!」
 かと想ったら、美山さんの顔色まで違う。
 「仁?これ、なぁに?」
 顔色を変えてカップを手にしたまま、固まっている武士道と美山さんを横目に、率直に聞いたら。
 
 「十八学園食堂名物、発売日、発売時間帯共に不定期、手作り故に生産数極小で超プレミアもの特製オリジナル、濃厚ヴァニラアイスクリーム・ゴールドラベルだ」

 なんですって…!

 なんだかものすごい肩書きっぷりに、手の平に収まる存在が急に重々しく有り難く感じ、ははーっと神棚に飾って拝みたい気分になって来た。
 いやいや、この場合拝むべきは、対ラスボス戦用の最終アイテムの如く、非常に貴重な一品を仕入れてくれた仁に対してだろう…
 周りを見渡すと、飄々としている仁以外全員、そんな恍惚とした表情だった。
 「……すげー…初めて見た…これがゴールドラベル…間違いなく紛いもんじゃねー本物だ…」
 金色に輝く学園マークを、恐る恐る躊躇いながら指で触れて、美山さんがため息を吐いた。
 美山さんが珍しく饒舌だということからも、このアイテムの希少価値が伝わって来る。
  
 「すっげ〜仁、コレどうしたの〜?なっかなか手に入らねぇし、食べたヤツも名乗らねぇし、ツチノコみてぇに気の所為でホントはないんじゃねぇの〜って言われてたのにさ〜」
 一成の言葉に、ちちちっ!と仁は人指し指を振った。

 「一成、ツチノコは人類のロマンだ、夢だ、希望だ…あの猫もどきロボットの漫画でも、未来はペットとして飼われてるかもね!ってのがあったろうが…例えが良くないぜ。
 話が逸れたな…コレはな、然る筋から手に入れたのさ…それが何かは言えねぇ…男同士の約束だからな?ただ俺に言える事は、食堂マニアの『ザ・食堂ファン』の連中は、間違いなくコレを食っちまってる筈だ。ヤツらは生徒のロマンを壊したくがない為に、プレミア過ぎる商品については、何ら見解を示さず口を噤むのさ…ふざけた同好会だと見下されてるが、どうしてどうして、アレは男の集まりだ。
 いいや、今はそんな事はどうでも良い、目の前の有り難く冷えてる存在を、いただきますと溶けねぇ内に食っちまうのが男ってぇもんじゃぁねぇのか?違うか、ヤロー共!」

 「「「「押忍…!!流石、総長…痺れるっす!!」」」」

 感動し、盛り上がる武士道とは異なり、美山さんはちょっと目が覚めたっていう、冷静な表情を取り戻した。
 副総長という存在の一成は、呆れたため息をひとつ。
 「そういや仁、名誉部員でたまに友情参加してたっけ〜?」
 渋いんだかなんなんだか、完全に自己の世界に入っていた仁は、今はもう全部どうでも良いから早く食べよう!と張りきっている。
 俺も、いろいろ気になるけれども。

 「ありがとう、仁!すっごいすっごい嬉しい!!鍋の後はバニラアイス、覚えててくれたんだね!大好き!!」
 「おおっと、はると〜…いきなり来たら、危ないって〜」
 「「「「あぁ〜…お母さんったら…!」」」」
 「じ〜ん〜わざとらしいっつ〜の〜てめぇなら簡単に避けるか受け止められるだろ〜」
 「……仁サン、意外と卑怯っすね……」
 わあ、わあ…!
 そんなに強くハグ突進したつもりはなかったんだけれど…
 仁に抱きついたら、床に倒れてしまった…仁は大丈夫だとしても、プレミアアイスは無事だろうか?!

 「お前ら、酷いなぁ〜はるとの分だけじゃなくて、ちゃんと人数分揃えてやったのによ…」
 「「「「「はいはい、いただきまーす」」」」」
 「イタダキマス」
 起き上がって、アイスの無事を確認して、ほっと一息。
 さっさと食べ始める皆に倣って、俺もフタを開けた。
 カップアイスはやっぱり、この木べらで食べるのが醍醐味ですな!
 ひとくち、バニラビーンズもしっかり入った、たまご色のアイスをぱくり。

 全員、無言。

 なにこれ、なにこれ……!
 口に入れた瞬間、ふわっとした雪解けのような食感と甘み…けれども、喉を通った瞬間、濃厚なバニラが存在感を増し、鼻孔にまで甘やかな香りが届いたかと想ったら、後口もラストノートもさっぱりとしてくどくない…!
 こんなの、初めて…!!
 一瞬一瞬を、また確かめたくて、次の一口が待ち遠しいと同時に、一口ごとに減っていくのがひどく切ない…けれども、溶けるのはもっと切ない…!!
 なんておいしいんでしょう…
 なんておいしいんでしょう!!
 バニラアイスの革命だ…!!

 おいしいと、一言発するのすら惜しくて、全員、全身全霊をかけて無言で味わった。
 もくもくと食べ続ける、俺の頭を、おおきな手がふいに触れた。
 すごく嬉しそうな、やさしい顔をした仁が、アイスを食べる手を止めて俺を見つめていた。
 「美味いか?はると」
 「うん…!こんなおいしいバニラアイス、生まれて初めて食べた…!ありがとう、仁」
 「そうか。なら良かった」
 にっこり笑う仁に、笑い返して、再びバニラアイスをていねいに味わった。

 「「「「そーちょ〜……」」」」
 「ま、仁のお手柄だね〜最後においしいとこ持ってくなんて、流石だよね〜ね、ミキティ〜ミキティーも〜参戦したけりゃ、なんかしら特技見つけないと〜ただのカワイイ狼ちゃんで終わっちゃうよ〜?」
 「……特技……。つか一成サン、そんな気ないスよね」
 「あっは、バレた〜?参戦権どころかエントリー権すらあげないけどね〜つーか、俺は明日からの事で頭いっぱいだけどね〜」

 ひそやかな嘆息は、窓の向こう、夜の中へ紛れていった。 



 2010-10-04 23:29筆


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