30.夜桜の下で
十八さんとたくさん話した。
それだけで元気になれた。
「家族」って、すごい。
早く、なんにも構えることなく、十八さんのこと…
ちゃんと、呼べたらいいな。
とっぷり日が暮れて、何度も送ると言い張る心配性の十八さんに、大丈夫ですから!と押し切って理事長室を出た。
明日ある高等部の朝礼に、十八さんも出席して挨拶されるのだとか…またお仕事してる姿を見られるなんて、楽しみだなー!
新聞報道部に気をつけてって、会長さまと同じことを言われてしまった。
だけど、どなたさまが新聞報道部員なのか、十八さんも把握できていないらしい、どう気をつけたらいいのかな。
とりあえず、ひたすら大人しく真面目に高校生活を謳歌しようっと!
帰り道も猛ダッシュ!!
「おお…幻想的〜ひゅーひゅー!」
ライトアップされた桜並木のうつくしさに、感動の視線と声を投げつつ、ゆっくり見ている余裕はないからダッシュで通り過ぎた。
なんせ腹ぺこだ!!
腹ぺこの前では、花より団子になってしまうのだ!!
皆も待ってるだろうし…急げ〜!!
(テンションが上がってるのは、お腹が空いてるのはもちろんだけど、十八さんに会ってますます元気になったからかな?と、我ながら想う)
桜並木を抜けて。
次の角を突っ切って、それから順に右左右右だったよなと、頭の中に道順を想い浮かべながら。
そのまま、ダッシュ!!
……と突っ走る予定だった、速度を緩め、その場駆け足の状態からゆっくり止まった。
夜桜を鑑賞なさっている、風流な御方がおられると想ったら。
「一舎さん…?」
上下共に、漆黒の闇の服。
上質な素材だから出せる、ほんとうの漆黒に包まれた一舎さんが、桜の木に手をついて、どこかしら見上げておられた視線を、ゆうるりとこちらへ向けた。
儚気な姿……
そのまま、闇へ同化してしまいそうに。
儚く、けれど、教室や食堂で声を交わした雰囲気とは違う、硬質な気配。
何も映していない。
確かに桜を見上げていた筈なのに、その瞳は無表情で、どこか険しかった。
想わず、どきりとするぐらい。
お声をかけなかったほうがよかったのかも知れない、邪魔してしまっただろうか。
誰にも気づかれたくないから、陽が落ちてから闇色の服を身にまとって、外へ出て来られたのかも知れない。
そんな心配は、俺を確認し、その無機質な瞳に温度が宿り始めたことで、うっすらとしたものへ変わったけれど。
完全には払拭できない、違和感。
「アレアレー?前陽大君、つまり萌えりージャン?どうしたノー、こんな所で。迷子?」
「こんばんは、一舎さん。迷子じゃないですよーちょっと野暮用で…今から帰るところなんです。一舎さんはお散歩ですか?」
なにげなく、俺は問いかけただけ、なのですが。
「んーまぁネ。ちょっとネー萌えりー、まさかの1人外出ー?ヤバいヨー!萌えるケドー君はホントにこの学園のコトを知らなさ過ぎるネ?萌えりー、一般生徒の日が落ちてからの1人外出は禁止也ヨー襲われたって文句も訴訟もデキナイしー?萌えるケドー…嗚呼ッ、何にも知らない可哀想な萌えりーがッ、部活帰りの強面体育会系集団に襲われでもしたらッ…萌えッ…!!だがしかしっ、服のボタンをぶちーって引きちぎられナニがコンニチワした段階で、萌えりーナイツ(騎士団)が登場ッ…『大丈夫か、前(すすめ)ッ!』『先輩ッ…』うーん、やっぱりこの場合、俺様何様バ会長が美味しいナ…しかも、今のじゃなくて、前のネ、ガチもんの俺様バ会長ネ。柾センパイはキナ臭いからヤァダー萌えないィー!!そう、それで『(元)会長ッ…僕、僕…こわかっ…』『俺がついてる…もう大丈夫だ……てめぇら、覚悟しやがれッ!俺の陽大に手ぇ出すなんざ、100年早いんだよッ!!』はぁっ…萌えぇ―――!!あ、でもあの元バ会長、ケンカ弱かったかナー?」
わ、わぁ〜……
一舎さんの、これは癖なのだろうか?
1人語りというのか…マシンガン妄想トーク。
うっとりと語り出す一舎さんに、俺はぽかんとしつつ、すこしホッとしていた。
俺の知っている、一舎さんの姿だ。
先程の硬質な感じよりはずっと安心できるし、話しかけやすい。
一舎さんも、当然のことながら、いろいろなお顔をお持ちなのだろう。
またおいおいわかっていく機会があるかな。
知り合ったばかりだから、ゆっくり時間をかけて知っていけたらいいなと想う。
「あのぅ…お楽しみのところ申し訳ないのですが、一舎さん、一舎さん」
「ああんッ、萌えりー、萌えりーが今呼ぶべきなのは『(元)会長ッ…!』だってばァー」
「俺、足が速いものですから、猛ダッシュで帰りますので大丈夫ですよー。一応、護身術の心得もありますし、そもそも部活帰りで疲れている皆さまが、俺などを眼中に入れるかどうか!ちゃんちゃらおかしいですよー」
笑い飛ばした俺に、一舎さんもにっこり。
「ふぅん…?萌えりー、足速いんダー?そう言えばさっきの、すごい猛ダッシュだったよネー」
「あ、お気づきでしたか…恥ずかしながら、タイムセール等で鍛えられましてー」
「タイムセール…?ちなみにー長距離派?短距離派?」
「長距離も好きですが、ゴールがすぐ見えてる短距離のほうが合ってるみたいですー」
「ふぅん…?障害物走とかはどうかナ?」
「あ、割と得意かもです」
「ふふっ、萌えりーって、マジ萌えぇー走るの得意なんだネー?」
得意というか、好きというか。
なんだか落ち着かなくて、照れ笑いした俺に、一舎さんは目を細めた。
「期待してるヨ」
期待…?
「体育祭とかですか?あ、でも、まだクラスの方々のお力を知りませんし、俺などより得意な御方もいらっしゃるでしょうし…俺は俺にできることを一生懸命がんばります!」
学力もさることながら身体能力も、皆さまきっと、素晴らしい御方ばかりだろうし…
うう、でも学力アップも目指すけど、身体を動かすことでも遅れを取っていたら、ちょ〜っと落ちこむなあ…
いやいや、今からこんなことではいけませんね!
気合いが大切です!!
3年間、勉強もスポーツも大いに楽しむぞ!
一舎さんは俺の言葉に、黙したまま貴公子然と微笑んだ。
「もうお行き、萌えりー。危ないヨ。…暫くは大丈夫だろうケド」
「あ、はい!一舎さんもお気をつけ下さいね。まだ肌寒いですから、お風邪など召されませんように…ではまた明日、学校でお会いしましょう」
「……バイバイ」
「はい、さようなら。おやすみなさい」
「……オヤスミ」
俺は、なんにも知らなかった。
小柄な姿が猛然と、闇の中を突っ切って行く。
未来の、予見の様な光景を眺めながら、ずっと、木に置いたままだった手を、開いた。
半分潰れかかった、まだ生きている、夜目にも鮮やかな揚羽蝶。
次の瞬間、闇夜に、鈍い殴打の音が響いた。
僅かに揺れる、桜の木。
幹に縫い付けられた様に引っ付く、残骸。
吹き抜ける、淡い風。
ひらり、片羽が落ち、桜の花びらの中へ埋没した。
「……面白いネ……」
君はどれだけ、走るコトが出来るのかな?
2010-09-29 22:29筆[ 157/761 ][*prev] [next#]
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