24.副会長のまっ黒お腹の中身(2)


 「生徒会役員室」は、生徒会関係者ならば、休日でも私服でも出入り可能だ。
 昴の代から、そんな規律が生まれた。
 俺達は自由を手にした。
 その代わり管理責任は大きい。
 何か不祥事が起これば、直接責任が掛かる。

 おととい来やがれ。

 責任を負う事など、恐れるに足らない。
 大人に泣きつくつもりもない。
 俺達は責任を負う、不祥事が起こらない様に各自で厳重に管理する、日頃から気を付ける事を怠らない。
 当然の代償だ。
 いちいち制服を身に着ける必要がない事は、俺達を身軽にした。
 別に私物化している訳ではない。
 私物化したいとも想わない、仕事をする部屋なんぞ息苦しい…無論、人目に晒される場と比べれば極楽だが、それでも寮の自室とは話が違う。
 ただ、寮へ戻った後や下界へ降りていた時に、何らかの不測の事態が生じた際、私服で此所へ駆け込めるのは実に有り難い。

 明日の朝礼の進行原稿と、来る新入生歓迎会の昨年度資料を改めるべく、誰より先に入室してPCを漁っていたら、ふらりと昴がやって来た。

 珍しい…
 いつも超重役出勤か、悠を追い掛け回し捕獲して来るか、泊まり込みになる繁忙期以外、常に最後に現れる事が多いものを。
 同時に、うすら寒くなった。
 明け方の思いがけないトラブルに因り、久し振りに機嫌を損ね、容赦なく暴れるだけ暴れて1人でさっさと帰って行った姿は記憶に新しい。
 昴は仲間に手を上げる事こそしないが、暴れた際の器物損壊っぷりは戦争が起こったか如く、敵対する相手が居ようものならその場で全滅、昴が去った後には草も生えないと噂になる程、破壊大魔王だ。
 今朝も言葉に絶する酷い有様に、取り残された俺達は後始末に追われ、店側にどれだけ… 
 役員室で暴れられたら、堪ったものではない。

 デスクセット、シェルフ、照明器具、茶器、食器類、装飾品の殆どがアンティーク。
 応接セットはNYのMOMAに展示される様な、高名なデザイナーの作品。
 PC、PC周辺機器は充実の最新型モデル揃い。
 天井、壁、床、窓、どれもが一般教室よりも遥かに凝った細工や装飾が施されている。
 現代アートが幾つか、大層立派な観葉植物等も飾られている。
 
 外部からの人災、天災であるならまだしも、此所の責任者である昴が暴れた故に損壊した等と、どのツラ下げて報告出来ようか。
 頼むから暴れるなら室外で暴れてくれと、願う様な心持ちで視線を向けて、驚いた。
 いつになく、穏やかな横顔だ。
 「早えな、莉人。他はまだか」
 スタスタと窓辺の会長席へ向かいながら投げて来た言葉も、やはり穏やかで、内心眉を顰めた。
 「調べたい事があったからな。昴は、どうした?」
 油断ならない。
 今笑っていたと想ったら、急に冷めたり激したり落ちたり…昴の感情は誰にも予測不可能、把握出来ない。
 穏やかな顔をしながら、キレた事も珍しくないのだ。

 「寝てた」

 慎重に問い掛けた、その返事の短さに、実際に眉を顰めざるを得なかった。
 「…は?」
 「寝てた。昼頃から今まで」
 「…それで?」
 「爆睡して、起きて、シャワー引っかけて、そのまま来た」
 よくよく見れば、髪がまだ湿っている様だ。
 妙に落ち着いて見えるのも、髪の所為かも知れない。
 「気を付けて来たんだろうな?『湯上がりの生徒会長様』なんざ、格好の餌食だろうが…」
 「あー数人とすれ違ったっけ…きゃーとか今おヒマでしたら抱いてーとか言われたなー。『急いでんだよ、退きやがれ。夢ん中で抱いてやるから、今夜は俺様でヌけよ…?』つって交わしたから、大丈夫じゃね?」
 わざと作っている「生徒会長様」の口調で再現し、笑っている昴の様子に、頭が痛くなった。
 
 「…大丈夫なのか、それは…」
 「『俺様の下僕がまた増えたぜ』ってとこだろーな。あー腹へった〜!昼から何も食ってねっつの。ゆー&みーはまだか?」
 「それだ。優月と満月をパシらせるな。2人揃って優柔不断が、まともに弁当の手配なんぞ出来るものか。ルームサービスで良いだろうが…」
 「ヤダ。弁当が良い。弁当気分なんだよ、今日の『俺様』は。だから早めにヤツらに連絡したっつーのに…まだかよ」
 「と言うか、昴…『昼から何も食ってない』?昼は何か口にしたのか」
 1度キレたら、手に負えない。
 衣食住など忘却して、気が治まるまで荒れる。
 そんな昴が、昼には何かを食する状態にまで落ち着いていたのか?

 疑問に返る答えは、得られなかった。

 「あ。そ〜だ。前陽大、アイツ、マジで面白ぇわ。気に入った」
 
 何故、明日の話題の中心になるであろう人物の名前が、今出て来るのか。
 しかも、気に入ったとはどういう事だ。
 本気で頭が痛くなって来た。
 「意味不明だ、昴。前陽大に対する生徒会の処遇は、初日に話し合ったばかりだろうが」
 「そーだっけ」
 「……昴……」
 「こっわ…!りっちゃん、超怖ぇ顔!プリンス台無し!」
 「……ふざけるのも大概にしろ……」
 「室度下がるっての!つか、ふざけてねえし」
 「それはそれで問題発言だ」
 「ま、あいつは何か俺の笑いのツボ?っつーこった」
 「……益々意味がわからない……」
 「あいつは…ぶはっ!ちょ、やべー…」
 何か言いかけた昴が窓の外へ視線を流し、何かを見つけたのか突如噴き出した。

 そのまま肩を震わせ1人で笑っている様は、意味が分からない上、正直、気味が悪い。
 「莉人も見てみ」
 笑いを堪えながら手招きされ、若干引きながら窓辺へ近寄った。
 笑い過ぎて震える指が差し示す方向を見て、想わず目を見張った。
 前陽大……?
 何故か、夕陽を背景に桜並木を爆走している。
 上から見ていてもわかる、凄まじい猪突猛進ぶりだ。
 こんな夕方に何処へ行くのか…武士道と待ち合わせか? 
 脇目も振らずに暴走するちいさな姿は、直に何処かへ消え去って行った。

 昴はその姿が見える限り笑い続け、満足そうだった。
 「な。予想外に面白ぇ」
 いつになく、らしくない程穏やかな瞳が、桜並木へ消えて行った姿を微笑っている。


 「あいつは生徒会で護ってやろう。貴重な人材だ」


 そう言えば、昴のバカ笑いも随分久し振りの事だと、ふと想った。



 2010-09-18 23:35筆


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