23.お母さん、涙の再会
学校案内図を片手に、猛ダッシュ!!
夕暮れ色に染まった桜並木を突っ切って、ひたすらダッシュ!!
生徒さま、先生方、その他学校関係者さまとすれ違うことがなくてよかった…
俺の本気ダッシュは、今や絶滅寸前の暴走族そのものだと、誰かに言われたことがある。
辺りを顧みず、ごうごうと風を鳴らして突っ走る。
何かに衝突したら危ないじゃないかと、複数の人たちから忠告を受けている。
暴走するなら人気(ひとけ)のない所で、とも約束している。
…そう言えば確か、仁と一成たち武士道や、今から会う人とも約束していたっけ…
だがしかし、人がいないならば、ノープロブレム!!
校舎内じゃないし、このまま突っ走ります!!
地に落ちた、水たまりのような花びらを散らしながら、人と遭遇しないのをいいことに走り続けた。
たまたま、それを眺めていた人がいたことを、知らないままに。
かくしておよそ10分後。
やっとゴール…!!
到着〜!!
遅れてごめんなさいを言おうとしたら、実に恨めしそうなお声に先手を越された。
「……遅いよ、はるくん〜……」
わー…もしかしなくても、怒ってらっしゃる…?
ほんとうならお休みの日だし、学校に用事があるとは仰っていたけれど、わざわざ俺のために時間を作ってくださって、待ってくれていたんだ。
ほんとうに申し訳ない。
心から謝罪しようと、息を整えて、顔を上げて。
ちいさな子供のお留守番のように、不安で心細そうな、心配でいっぱいの表情に出会って、胸の真ん中がぎゅうっとなった。
「遅くなってしまって、心配かけて、ほんとうにすみません、十八さん」
3日ぶりに会う十八さんは、ずいぶん懐かしく感じた。
こんなに顔を合わさなかったことって、久しぶりだな…
一時的に治まっていた、渡久山先輩の辛いお気持ちにすこし触れ、昂っていた気持ちがまた盛り上がって来た。
感傷的になっているのはわかっている、けれど、十八さんのお顔を見ていたら、目まぐるしくいろいろなことが起こったこの数日間が怒濤のように想い返され、どんどん目元に熱が集中した。
とっても心配してくださっているお顔、だけど元気そうでよかった…
十八さんは、ふううっと深いため息を吐いて、いじいじと机の端を指で弄び始めた。
「……別に、さ…心配するのは当然の事だしさ……午後のお茶、勝手に待ってたのは僕だし…?メールも電話もさ、毎日ちょうだいって勝手に無理矢理約束して貰ったのも僕だし…?そりゃあ、はるくんブログ見たら、近況やリアタイはすぐわかるけどさ…入寮から入学式に至るまでの慌ただしさは、僕が1番知ってるぐらいだしさ…だけど、はるくんは初めての1人暮らしだし?……早速いろんな噂も届いてるし……?心配って言うか、心配って言うか……心配って言うか…!」
「十八さん、十八さん。ほんとうにごめんなさい!どうかお顔を上げてくださいな。ちゃんとお話しますから、ね?確かに慌ただしい数日間でしたけれど、俺が十八さんのことを忘れるわけがないですから。お茶も待っててくださってありがとうございます。すっごくすっごく嬉しいです。すぐ用意するので、今しばらくお待ち頂けますか?桜サブレを焼いて持って来ましたよ。今一緒に食べる分と、うんとよくできたお持ち帰り用と…ディンブラを濃く入れてミルクティーで頂きませんか。ね?」
俺は、ちゃんと、笑っているつもりだった。
十八さんに近寄って、懸命になだめるように話しかけて。
桜サブレにぴくりと反応し、ぱあっと顔を輝かせた十八さんが、ふと、真顔になるまで。
「……はるくん…」
「?紅茶、お嫌ですか?別のお茶にしましょうか。コーヒーにします?」
「はるくん」
つい今までいじけていた子供の指が、大人の十八さんの指になって、俺の腕を掴んだ。
「何かあった…?泣きそうな、泣いていたみたいな顔をしてる」
家の、匂いだ。
週半ばまでずっといた、家の空気。
十八さんのスーツもハンカチも机の上の私物も、きちんと家の空気をまとっている。
十八さんと、母さんと、俺の家。
もう懐かしく感じる、郷愁すら覚える気配。
「…十八さん〜…」
「うん?何、はるくん」
「十八さんん〜…」
「ん?何、はるくん」
「……別に、ホームシックとかじゃ、ないんです」
「ええっ…!それ、どういう前フリ!」
「こちらは、こちらの学校は、今までまったく知らなかった世界で、これからいろいろ知っていけるのが楽しみで、目を引くものがいっぱいあって…いろんな人がいて、早く馴れたいなって数日間あっと言う間で…明日からもう普通に授業が始まるし、ほんとうに早く馴染みたいんです」
「…うん」
「これからこちらで過ごせる時間が、ほんとうに楽しみなんです」
「…うん」
だけど。
「十八さんのお顔を見たら、入学式の時も拝見したのに十八さんはお仕事だし、距離があった分遠かったから…たった数日のことなのに、もう懐かしいと言うか…安心して、気が緩んじゃいました。やっぱりちょっとだけ、ホームシックなのかなぁ…うぅ…」
十八さんはおもむろに立ち上がり、俺に向き合った。
お互いに震える腕を伸ばし、情けない表情を突き合わせた。
「はるくん…!」
「どわざんん〜…」
「はるくん〜…!!」
「どわざん〜…!!」
それからしばらく、半泣き状態でおいおいと…ものの数分だっただろうか…お互い支え合うように抱き合い、お昼のドラマの親子の再会あるいは邂逅のように、ただ名前を呼び合い続けたのだった。
2010-09-17 23:45筆[ 150/761 ][*prev] [next#]
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