21.凌のココロの処方箋(1)


 別れを告げられた。

 遠からず切り出されるであろう事はわかっていた。
 朝広(ともひろ)が3年生に進級すると同時に、あらかじめ決まっていた結末が近付く。
 ぼんやり想像していた最後の場面が、現実味を増して迫ってくる。
 俺は笑って、今まで有り難うと言おう。
 朝広の今後の人生を応援していると告げよう。
 こんなのはどうって事ない、わかっていた事なのだから。

 けれど、と、浅ましい俺が期待する。

 この3年間、とても楽しい時間を過ごして来たじゃないか。
 請われれば誰とでも関係を持つ様な、軽い性質の朝広が、俺と付き合っている間は俺だけを見てくれた。
 お互いの役職と体面上、頻繁に会う事はできなかったけど、可能な限り俺の為に時間を作ってくれた。
 つまらない事で喧嘩になった時、いつも折れてくれたのは朝広だった。 
 何もかもにおいて万能に見えるその実、不器用な彼が出来得る限り優しく、大事にしようと接してくれているのがわかった。
 時折ひとり言の様に囁いてくれる、「好きだ」という言葉に嘘は感じられなかった。

 だから、信じたいと想った。
  
 朝広と俺は、ありふれた関係なんかじゃない。

 どこか照れくさそうに微笑う瞳も。
 初めて繋いだ時から、ずっと温かかった手の平も。
 役職を利用して随分派手に遊んでいたのを知ってる、それなのにいつも新しい緊張を孕んでいたキスも。 
 大人びた顔立ちが、相応に子供らしく見える寝顔も。
 公式の場で、廊下で、階段で、グラウンドで、ひっそりと合う、僅かな瞬間の視線も。
 名前を呼んでくれる声も。

 年上の彼の頭をあやす様に、ふざけて撫でて、じゃれ合う様に笑い合った。 
 人目を避ける様に、校舎裏で、抱き締めてくれた腕が心地良かった。
 仕事の事で、学園の事で、夜通し真剣に語り合った夜があった。
 休日中一緒の日は、穏やかな陽の光に包まれながら、日がな1日くっついて、ソファーで寝転がっていた。

 全部、大切で。

 朝広の何もかもが、大切で。

 側に居るだけで、満ち足りて。

 何気ない瞬間が、全部、愛おしくて。

 俺は、朝広の子供を産めない。
 朝広の家も俺の家も、厳しい家だ。
 俺達は、それぞれの家の未来を切り拓かなかればならない立場に在る。
 それでも、どうにかして側に居続ける事ができるのではないか。
 互いに子孫を残し、己の代で家を終わらせる事なく次世代へ繋いで行けば、生まれた役目を果たしたも同然、後は自由が許されるのでないか。
 例えば、誰にも知られる事なく関係を続けて行く、その為に精神的消耗は免れないかも知れないが、朝広も俺も冷静だ、力を合わせれば何だって乗り越えられるのではないか。
 
 俺と朝広は、ありふれた関係なんかじゃない。

 そんな風に切り出してくれるのを、俺はどこかで期待し、待っていた。
 実に愚かな事に、幼馴染み達の…とりわけ昴の勘が外れた事がないという事実を、俺は見ないふりをして今日まで来たのだ。
 春休み中、連絡が取れなかった朝広に、何の疑問も持たずに。
 …いや、一切の不安を、今日まで見ないふりで過ごして来たに過ぎない。
 本当はちゃんとわかっていた。
 わかっていたのに、わかっていなかった。
 どうしようもなかった。

 朝広と別れた直後、前君を見つけた時は、心臓が止まりそうになった。
 同時に、逆に頭が冴えた。
 彼は何も知らない。
 この学園では希少な、高等部からの外部生だ。
 別れの現場を見られていた事には、然程の動揺を感じなかった。
 何も知らない、無垢の魂。
 入学式初日から、3大勢力や問題児達の心を掴んだ、不思議な魅力の持ち主。
 誰の手垢もつかない内に、まだ注目を浴びるだけで済んでいる内に、俺から話しておこうと想った。
 彼にも実害が降り掛からない様に、子犬の様な目をした彼が傷付かない様に。

 それは、俺自身に対する言い訳に過ぎなかった。

 冷静を装い、親切ぶって学園の話を始めたのは、彼を気遣っての事じゃない、彼の為じゃない。
 誰かに聞いて欲しかっただけだ。
 何も言われたくない、ただ、黙って聞いて欲しかった。
 彼は俺の望み通り、黙って頷いて聞いてくれて、核心へ迫る内、目を潤ませた。
 俺よりも、彼の方が辛そうな、今にも泣きそうな表情をしていた。
 もう良いと、我慢しなくて良いと、泣きそうな瞳で懸命に言ってくれた。
 初対面に等しい俺に、何故、彼はこんなにも同調し親身になってくれるのか…
 まるで偽りのない瞳、言葉に、心が震えて、素直に涙が落ちた。

 好きだった。
 本当に好きだった。
 ずっと側に居たかった。
 別れたくなんかなかった。
 遊びなんかじゃないと、信じたかった。
 でも、有り難う、朝広。
 さようなら。
 どうか頑張って。
 俺も頑張るから。
 朝広がくれた大切な想い出、全部忘れず、これからを生きる力に変えて行くから。
 
 みっともなく泣いた後、心からそう想えた。
 それは、彼が黙って側に居てくれた、一緒に泣きそうになりながら黙って話を聞いてくれた、そのお陰なんだと本当に想う。



 2010-09-15 23:44筆


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