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 「幼馴染みだったんだ」

 渡久山先輩はひとしきり泣かれた後、「みっともない真似をして済まなかった」と赤い目で微笑った。
 その瞳がどこか晴れ晴れとしていて、俺はすこし安心した。
 たくさんの花壇の為だろう、近くにあった水道(簡易な造りの水場ですらモザイクタイル張り、蛇口はアンティーク風と、洒落ているのがすごい)でハンカチを濡らし、手渡すと、また済まなさそうに微笑って、目を冷やしながら先輩は語り始めた。
 聞いてくれるかなと、前置きされた表情が明るくて、俺は黙って頷いた。
 
 「彼は、昴の…今の生徒会長の前任でね。つい最近まで会長職に就いていた。明日の朝礼で引き継ぎの挨拶をすると想う」
 柾先輩の前任者…!?
 「俺達の世界は狭い……俺も含めて大半の生徒が幼等部から此所に居る。つまり皆幼馴染みの様なものだ。14年間もの間、顔触れに殆ど変化はない。
 生徒会や委員会等、生徒活動が始まるのは初等部後半からで、役職に就くのは常に同じメンバーなんだ。生徒会に携わった者は高等部まで生徒会へ…投票で決まるにも関わらずメンバーに大きな変化はない。そうなると、縦社会と言うかね…安定した運営は出来るけれど、新鮮味には欠ける、生徒間で奇妙な格差や偏執も生まれる」

 外から来た俺からすれば、14年間同じ学び舎で共に過ごせることは、なんだか羨ましい。
 絆の深いお付き合いというか、仲間!友達!っていう意識が深まるというか…
 しかし、隣の芝生は青いというやつなのだろう、何事にも利点があれば問題も生じるものだ。
 「他の『幼馴染み達』からは随分反対された…こうなる結末が見えていたから、ね。
 特に昴は、建前上は彼という『先輩』『前任者』に従属しながら、革新的な生徒会の形を作って来た。彼とは静かな対極に居るものだから、それは凄まじく反対されたな…バレたらこっぴどく怒られるから、昴には黙っておいてね」
 柾先輩のまた違う面を、今度は渡久山先輩からお聞きする羽目になるとは…
 それにしても、容易に想像がつく。
 前任者を立てる反面、自由気侭に行動するお姿とか、渡久山先輩に「だから言っただろうが!」等と怒るお姿とか…うーん。

 冗談っぽく目を細めた渡久山先輩に、きちんと否定しておいた。
 「どなたさまにも口外しません。特に、柾先輩と個人的にお話する機会などありませんから大丈夫です」
 「そうかな…?前君、昴に気に入られてるから、昴から接触して来る勢いだと想うけど」
 なんと…!!
 改めて昼前の遭遇を想い出して、俺は渡久山先輩の勘の鋭さに内心舌を巻いた。
 いやいや、あれはほんとう、偶然だったけれども!!
 そう、偶然に過ぎない。
 気に入られてるというか、面白がられてるだけですから。
 「男のロマン同盟」として、遠目から観察させて頂くだけですから。

 「それは追々話すとして……昴が革新的なら、彼は保守的だった。この学園に身をおもねる存在と言うか、ね。大企業の跡取り候補だから、生家の言う事は絶対だ。
 そんな彼から告白を受けたのは中等部の頃…丁度3年前だったかな…『幼馴染み達』から猛然と反対されたのは、彼がこの学園の典型的な存在だったからでもあるし、俺が遊びに向いていないからでもある。
 此所に居れば居る程、同性愛に対して偏見がなくなる。俺も元は至って普通のノンケだった。だからこそ止めておけと反対された。彼は最初から一過性の火遊びだと割り切っているのだから…ふふ、3年も続いたのは奇跡かも知れない」

 だけど、と。
 涙に濡れて、透明になった瞳が、咲き誇る桜を見つめた。
 風は吹いていない、傾き始めた陽に照らされている、桜を。


 「好きだったんだ」


 過去形なのに。
 もう過去になっているのに、それは、現在進行形に聞こえた。
 急に空気が薄くなったように、息苦しくなった。

 「彼がどんな人なのか、彼の生家がどんな所か、俺だってよくわかっていた。でも、告白される前から俺はずっと……憧れの様なもの、だったのかも知れないな。彼の隣に並んで、彼と笑い合えるなら、期限がついていても構わない…俺も割り切ってみせる、俺も遊びに徹してみせる…」
 どうしようもない。
 誰にもどうしようもない。
 理性でわかっていたって、誰から何を注意されたって、簡単に割り切れるものじゃない。

 人の感情は、実はシンプルで自由だ。
 突き詰めれば、シンプルな想いしかない。
 それが恋愛となると、より強く頑なものになるのだろう。
 俺にはまだわからない感情だけれど、渡久山先輩の側にいると伝わってくる。
 ひっそりと自嘲するように微笑う、その輪郭が儚く滲んで見えて、ああ今、先輩の仰る「幼馴染み」さま方はどこにいらっしゃるのだろうと…
 例えひどく怒ったとしても、ここにいるのは俺なんかじゃなく、柾先輩が相応なことに間違いない。

 俺が余程情けない顔をしていたのだろう。
 「さっきから君の方が泣きそうな顔をしている…君も何か辛い想い出でもあるの?」
 「……いいえ…俺のような若輩者はまだまだ、人に恋するに値しませんから……」
 「謙遜するなぁ…じゃあ前君は、他人に共感し易い人なんだね」
 「……ずみまぜん……」
 鼻声になって来た俺に苦笑しながら、渡久山先輩は息を吐いた。
 「有り難う。聞いて貰えて楽になった」
 「どんでもないれず……すん」
 「大丈夫?これはまた洗って返すけど、君は俺のを使って」
 「がだじげないれず……うぅっ…ずびばぜ……」

 先輩がさっと取り出してくれたハンカチは、まっ白で皺ひとつなく、そのさっぱりとした清潔さがまた涙を呼んだ。
 


 2010-09-14 08:06筆


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