19


 広大な敷地内のあちらこちらに、ベンチが据えられているらしい。
 副委員長さまに誘われるまま、近くにあったベンチへ腰かけた。
 「あの……いかがですか?」
 何から話そうかと腕を組む、相変わらず静かな横顔を見ていられなくて、残っていた番茶と桜サブレを勧めてみた。
 「随分用意が良いんだな」
 「ええと…散策がてら、ついさっきまでお花見を……すみません、敷地内でちょっとしたお弁当とお茶を楽しんでしまいました…」
 「花見…?この辺りで?」
 「はい…」

 正確には、生徒会長さまのテリトリーだけれど、何となく言わない方が良い気がして口をつぐんだ。
 「謝る事はないが…生徒総則でも敷地内の飲食は、授業中以外特に禁じていない。しかし君は変わってるんだな…もしかして持参して来たのか」
 「はい…お口に合わなかったら申し訳ないです」
 「そうか…『食堂部』も伊達ではないのだな」
 また軽く目を見張られた副委員長さまは、おかしそうに「ありがとう」と受け取ってくださった。
 
 お茶とサブレを1口ずつ、品良く口に運び、おいしいと微笑う。
 召し上がってくださる姿を見守りながら、どうしても居たたまれず、俺は曖昧に笑っているしかなかった。
 こんなふうに、一緒に過ごしたくなかった。
 副委員長さまとは、もっと別の形でお話したかった。
 今となっては、もう遅いけれど。
 俺が悪い。
 おいしかった、ありがとうとていねいにお礼を言ってくださる、副委員長さまの視線はやわらかい。

 きっと、すごく気丈で、強い…
 強く在ろうと、日頃から努力なさっておられるのだろう。
 俺の所為で、本来の感情を抑えているのかも知れない、その可能性に心が軋んだ。

 「……そうだな…日暮れも近いし、手短に話そう。君も外部生とは言えど、この学園の噂を少しは聞いているだろう?同性愛の横行について」
 単刀直入に切り出された副委員長さまに、俺はたどたどしく頷いた。
 十八さんから入学前に何度も聞いた、学校のお話は「3大勢力」のことと、同性愛のこと。
 「山奥に閉ざされ、何もかもが揃った環境、外界への出入りは最低限のみ。加えて生徒も教師も男ばかりで家柄良好、容姿端麗揃いとなると、自然と恋愛対象が同性へ向く…見渡すばかり男となると、どうしてもね。君は、偏見は?」
 「偏見は、ないです…心から自然にわき上がってくる想いなら、どんなふうだって存在してもいいって…どんな相手でも、人を好きになることって、想いの成就に限らずとても素晴らしいことだと想います…」
 「そうか……」

 副委員長さまは軽く頷き、それは静かで、重みのあるため息を吐かれた。


 「自然な想いじゃないから、この学園は絶えず荒れるんだろうね」


 ひとりごとのような呟きだった。
 まるで、自分に言い聞かせるように。

 「いろいろなタイプが存在する。元々のゲイ、この学園に通う内に染まってゲイになった人、異性も同性も恋愛対象になるバイセクシャル、異性にしか反応しないノンケ、本来はノンケだが不意に同性を好きになった人……先天的か後天的か、それは実に様々だけど、学園の大半に共通している事がある」
 「…共通…?」
 副委員長さまは、今度はしっかりと頷き、俺から視線を逸らした。
 どこを見ているのかと、つい目で追って、後悔した。


 「この学園内での恋愛…の様な真似事と言うべきか…それは、高等部3年生まで限定のお遊び、という認識だ」


 副委員長さまの視線の行く先は、先程、1度も振り返らなかった、もうとっくにいない背中へ向けられていた。

 「大半の生徒が幼い段階で、生家を継いだり、優良な大学進学や企業への就職、或いは海外進出が定められている。高等部卒業後、皆、生家の期待を負ってそれぞれの道へ進まなければならない。3年に進級した時点で、あらゆる修行に本格的に追われ始める者も少なくない。大抵は高等部の段階で縁談の話には事欠かない。幼少時から異性の婚約者が存在している事も珍しくない。
 だから、ここでの恋愛は一過性、遊びにしかならない…」

 遠い目だ。
 俺に話しかけていて、その実、俺にも誰にも話してなどいない。
 自らを、斬りつけるように、厳しく。

 「お互いわかっていて、一時の寂しさ凌ぎに関係を結ぶ者も居る。どちらか本気になってしまえば、無惨に壊れる事は誰もがわかっている。だから、主に生徒会等を崇拝して、安全に楽しむ者達も居る。恋愛の真似事など下らないと、欲望のまま不逞な行動を働く輩も中には居る。
 頭の内で理解していても、不自然な感情が自然へ変質してしまえば、いずれにせよ結末は明るくない。家柄の差から来るトラブルも絶えない。本気になってしまって泣く者は、いつの年も多い。明るい結末を迎えた者も極僅か存在するようだが…。
 だから前君、君は、」

 「もう、いいです、副委員長さま」
 きっと、君は気をつけなさいって、言ってくれようとした。
 自然であれ、不自然であれ、この学校で恋愛をするのは、とても辛いのだと。
 御自身の経験から、身を持って教えようとしてくれた。
 哀しい優しさに、俺は首を振った。
 「お話の途中で遮ってしまって、ごめんなさい…もう、いいです。いいんですよ、副委員長さま」
 「何が良いって…」
 「我慢なさらないでください」

 遠い目が、帰って来た。
 もう見えない背中を追っていた目が、俺の存在に初めて気づいたかのように、瞬きを繰り返している。

 「一生懸命お話してくださって、すごくうれしいです…。でも、もういいんです。副委員長…いえ、渡久山先輩、俺が急に現れた所為で我慢を強いることになって、ほんとうにごめんなさい。辛くても、泣きたくても、俺がいるから……でも、お願いですから、もう御自分に一生懸命言い聞かせないでください。
 俺はなにも知らない通りすがりですが、渡久山先輩はなんにも悪くないです。人を好きになることに善悪なんてないと想います…泣きたい時は泣いていい、怒りたい時は怒ればいい…感情は自由でいい筈です。
 どうか御自分を責めないでください。無理して冷静にならないで……」

 無表情な瞳に、はっと我に返った。
 俺がいるから、渡久山先輩は我慢しなくちゃならない。
 震える声を抑えて、教訓を語らなければならない。
 「勝手に余計な、踏みこんだことを申し上げてすみませんでした。貴重なお話、心に止めておきます。俺、そろそろ失礼しますね、」
 その時、無表情な瞳の、変化に気づいた。
 ぼんやりと光が宿ったかと想うと、見る間に、透明な膜が瞳をきれいに覆って。

 風が、吹いた。

 今度は優しい、背中を撫でてくれるような、それは優しい桜色の風が、渡久山先輩と俺を包みこんだ。
 それが契機のように、ぼろりと。
 大きなガラス玉のような涙が零れ落ち、慌ててハンカチを探した。
 探している合間にも、涙は止まらず、後から後から溢れ落ちた。
 ようやくハンカチを取り出せた頃には、渡久山先輩は俺の腕を掴み、声を抑えて延々と泣き崩れておられた。



 2010-09-14 23:59筆


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