17.あら、もう3時…んん?
たなかさん、大丈夫かなあ…
だいぶん顔色はよくなっていたから、ゆっくり休まれたら回復なさると想うけれど。
若輩者の俺がおこがましい話、職人然とした凛々しさの反面、気苦労が絶えないご様子でもあった…この学校で一体どんなお仕事を抱えていらっしゃるのだろうか。
今度、もしまたお会いできた時は、お話聞けるかな。
なにぶん、親戚に縁がなかったものだから、祖父母に相応する年代の方々と接すると、どうも勝手に親近感が湧いてしまう。
お相手さまにとっては傍迷惑な話で、失礼だったりもするから、自重しようと心がけてはいるのだけれど。
いろいろ教えてくださった、花や植物がお好きなたなかさん。
なにげなく振り返った時、距離の所為もあるだけれど、ぽつんと、随分ちいさく見えたたなかさん。
また会えたらいいな。
歩きながら、十八さんプレゼントの腕時計を見た。
いつの間にか3時になっていた。
……そうそう、うっかりしそうだけれど、4時から例の場所で会談する約束がある。
遅れないように気をつけなくては。
ここから例の場所まで、散策しながらゆっくり歩いて行ったら、ちょうどいい時間になるかな?
多少早くても全く問題ない!って仰っておられたことだし、お言葉に甘えてそろそろ移動しようか。
お土産の桜サブレ、喜んでくれたらいいな。
あの人の笑顔を想像しつつ、のんきな俺の心は既に夕飯へと向かっている。
時間を取って頂いている身上で恐縮だけれど、夕飯の時間までに間に合うと有り難い。
あの人だってそれまでに帰りたいだろうし。
今夜は武士道のリクエストで水炊きだから、仕度は簡単だ。
出汁と付けだれは仕込んであるし、お米もタイマーセットして来た。
後は〜…お野菜とお肉を切って…これは皆で取りかかったらすぐ終わるし、お鍋を火にかけて灰汁を取るのも皆得意だし…
鍋は皆にお任せして、俺はアツアツ鍋にぴったりな副菜を…冷やしておいしい煮物か、サラダか、和え物か…
おっと、お鍋の後のお楽しみ、雑炊の卵って余分にあったっけ…あるよね…雑炊だからそんなに何個もいらないしね…
うどんは仁が仕入れるって言ってくれてたし、抜かりはない筈!
十八町は山の中だけあって、下界よりも気温が低いから、春でも鍋料理が大いに楽しめそうだ〜(まあ、俺は1年中鍋料理を欠かさないんだけれども)。
しかも武士道の皆と…楽しみ!
美山さんにはメモを残して来たけれど、参加してくださるといいなぁ。
つらつらと、本日の献立に想いを馳せながら。
ええと、この角を曲がったらいいんだっけ…
1歩、足を踏み出した瞬間。
「――……どうして…?」
大きな声量ではないのに。
曲がろうとした先から、その悲痛な声が聞こえて来て、想わず、足を止めた。
何て哀しい声だろう…
「ははっ、今更だな。最初からお互い遊びだっただろう」
重ねて聞こえて来た別の声に、ますます固まった。
言葉の内容から、安易に他人が踏み込んでいい場面じゃないと推測できる、故意の有無は関係ない、立ち去らなければ…
「それは……」
「この隔離された世界での束の間の夢、だろ…?俺も今年から本格的に忙しくなる、いつまでもガキで居られねぇ。わかんだろ、遊びは終わりだ。……楽しかったぜ、凌(しのぐ)」
そうっとそうっと来た道を戻ろうとしていた俺は、聞こえたそのお名前に、またも想わず足を止めてしまった。
どこかで聞いたお名前だ。
どちらさまだったか。
「――…わかった。こちらこそ、今までありがとう。こんなに早く終わるとは想定外だったけど、そうだよね…貴方は最上級生だから。これから益々大変だろうけど…身体に気をつけて頑張って。さようなら…朝広(ともひろ)」
留まるべきではなかったのに、訥々と語るそのお声で、わかってしまった。
1つ上の、渡久山凌(とくやま・しのぐ)先輩。
風紀委員さんの、副委員長さまだ…。
2010-09-11 23:33筆[ 144/761 ][*prev] [next#]
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