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 男性は至って真剣な面持ちで俺を見つめ、ふうむ…と唸った。
 俺はただただ、笑いを堪えていた。
 これじゃあ、さっきの会長さまと同じじゃないか…いかんいかん!
 目上の方に失礼があっては、「男のロマン同盟」の名折れ!
 気を引き締めねば!!
 男性はひとしきり俺を眺めた後、目をしばたたかせた。
 「…おっとしまった、まだ名乗ってなかった…儂の名は、田中太一(たなか・たいち)」
 「あ、いえ…恐れ入ります」

 んん…?
 たなかたいちさん…たなかたいちさん…たなかさん…
 どこかで聞いたようなお名前だ。
 でも、記憶を探っても、なかなか見つからない。
 目の前にいらっしゃる男性にも、見覚えがないのだから…気の所為かな?
 「本職の傍ら、学園内の花壇や庭をいじるのが趣味でなぁ…庭師や業者とも親しくさせて貰っとる」
 「そうなんですか…!それは素敵ですね!!」
 想わず食いついた俺に、たなかさんは不思議そうなお顔をなさった。

 「あ、すみません…あの、俺も入寮早々この学校を取り囲む自然に夢中で…どこを見ても木々や植物や花がほんとうにキレイで、どこを歩いても趣があって…それで今日も散策がてらお花見を堪能してしまいました」
 田中さんは、目を見張って。
 「お前さん…花や庭、いや、自然が好きなのかね」
 「はい!大好きです!!街で育ったものですから、ほんとうに憧れで…自然は甘くないと想いつつもどうしても惹かれます。人工的な庭もそれはそれで好きですが、こういう…この学校みたいに、自然のままに任せた庭や植物の在り方がいちばん好きです!」
 
 更に目を見られるたなかさん。

 しまった…!

 若輩者の俺が、何を語っているのか!
 しかも、学校のことをまだよく知らない身上でへらへらと…初めてお会いした庭師さま(作者注:違う)の前で、なんたる不覚!!
 恥ずかしい…!
 ぶわわあっと頬が赤くなるのを感じた。
 どうしましょう…!  
 けれど、たなかさんは、見張った目を細めて。


 「お前さんみたいな人を、学園は待っとったのかのう……」

 
 その時、春風が一際強く吹いて。

 ごおっと、桜並木を揺らしたものだから、田中さんの言葉がよく聞き取れなかった。

 「え、あの……?」
 「何でもないさ、何でも……今時の若い人が感心な事じゃ。それより、危うく倒れる所を助けて貰ったお礼に、この学園の花の見所なんかを教えよう」
 「!!!ぜひ、お願い致します!!」
 いやはや、たなかさんはめちゃくちゃ物知りな御方だった。 
 今が見頃の絶景は無論、学校内に点在する自販機のお勧め、飲む価値ある限定ドリンクが入っている自販機、食堂で食すべきメニュー、一般生徒が立ち入ることができるけれどあまり知られていない名所……
 いろいろなお勧め情報を惜し気もなく教えてくださった。

 逐一メモを取り、ふむふむ頷きながら、貴重な情報の多さに感動が止まらない!
 教えてもらったこと、ぜーんぶ制覇してスクラップブックに落としこしもう…
 そう心に決めたのでありました。
 「儂は大体いつも、手が空けば本校舎前か講堂前の花壇に居るでな。何かあったら遠慮なく声掛けなさいよ。お前さん、外から来たんじゃ不安だろうから、儂で力になれる事があれば手を貸さんでもない」
 「ありがとうございます…!すごく心強いです」
 つぶらな丸いお目目をしょぼしょぼしながら、たなかさんはため息を吐かれた。

 「しかし、お前さんがいくら生徒会長や双子に遭遇し、多少交友を温めたとは言え、此所に長居してはいかん。儂でも見つかればただでは済まん、幸い今日が休日で良かった。お陰様ですっかり具合も良くなった事だし、早々に立ち去らねばなるまいて。今後も余程本人から許可が出ん限り、此所へ近付くのは止めなさい。……此所は、学園1の絶景なんじゃが……」
 なんと、ここがナンバー1…!!
 確かに見れば見る程、いればいる程、心地よくて安らげる場所だと感じていたけれど…
 さすが会長さま、目の付けどころが違うんだろう…
 どこを取っても「男のロマン同盟」の観察に値する殿方…!!
 恐れ入りました!!

 たなかさんが立ち上がったのに合わせ、俺も慌てて立ち上がった。
 名残惜しく想いつつ会長さまテリトリーから再び離れ、先程たなかさんと遭遇した場所で別れることにした。
 「世話になって済まんかったな、有り難う」
 ぺこりと頭を下げる小柄なたなかさんが、急にもっと小柄になったように見えて、あわあわとかぶりを振った。
 「とんでもないです…!こちらこそ、貴重なとっておきの情報の数々、ほんとうにありがとうございます。1つ1つ制覇させて頂きたいと想います。お話できてとても楽しかったです!」
 「いやいや…お若い人を爺ぃの戯言に付き合わせたな…」
 「いえいえいえいえ!戯言だなんでとんでもない…大変勉強になりました。これからは百獣の王に近づかないように気をつけて過ごします!」

 そう言った途端、日頃からあまり笑われないのであろう、常に硬い表情を保ったままだったたなかさんは、ふっと頬を緩められた。
 「前陽大君、だったね」
 「はい」


 「頑張りなさいよ」


 「はい!ありがとうございます。あの…不躾ですが、たなかさん、くれぐれも熱中症にお気をつけくださいね」
 「……うむ、これからは気を付けよう」
 軽く片手を上げて、後ろ姿を向けるたなかさんをお見送りしながら。
 たなかさんの本職を聞けずじまいだったなぁと、それだけが心残りだった。
 職人!
 昔気質!
 そんな雰囲気の、渋い御方だったなぁ…。



 2010-09--08 23:21筆


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