14.お母さん、謎のおっちゃんと会う
優月さんと満月さんと別れてから、俺は速やかに会長さまテリトリーを離れた。
……正直、まだすこししか知らない十八学園の中でも、なかなかの絶景桜ポイントで、すっごく落ち着ける場所だったんだけど。
今後は極力近寄らないように気をつけよう、うん。
しかし流石は会長さまテリトリー、いい場所だったなあ…
貸し出しとかなさっておられないのかなあ…
はっ!
未練たらたらなんて、なんて男らしくない…!
折角ステキな「男のロマン同盟」に加入を許して頂けたのだから、きりりっと日々を生きねばならん!
強く、気高く、潔く、凛々しく、堂々と!!
……ところで、概要を聞いていないけれども、同盟の今後の活動内容はどうなるんだろう。
はっ!
確認を怠るなんて、男らしくない…!?
俺ったら、早速いろいろやらかしておる!
いかんいかん、しっかりせねば!!
そう言えば、優月さんと満月さんの連絡先も控えておらぬ…なんということでしょう…!
今度お会いした時に、忘れずに確認しておかなければ!
「男のロマン同盟」員なのだから!
……主に、男らしさの権化のような、会長さまの研究だったっけ?
はてさてどう研究したものやら、とんと見当が尽きません。
幸運なことに、身近にいなくてもお相手さまは生徒の代表、アイドルさまのトップであるからして、苦労なくその行動のあらましをひっそり観察することはできそうだ。
細かな点は、優月さんと満月さんにお窺いしよう。
会長さまって、高校2年生という現段階で、既にびっくりするほど男らしいけど、もっと大人になったらどうなることだろう?
今より大人になった会長さま……うーん、想像に容易くない!
きっと、いつまでも若々しい大人になるんだろうなぁ、割れているらしい腹筋もずっと割れたままなんだろうなぁ…
優月さんと満月さんは、かわいくてお洒落なおじいちゃんになりそうだなぁ…飛躍しすぎてるけど。
などと、のんびり考えごとをしつつ、もうすこし散歩してから寮へ戻ろうと、当て所もなく歩いていたら。
前方の花壇に、うずくまるようにちいさくなっている、男の人を発見した。
「…?!大丈夫ですか…?!」
側へ近寄り、よくよく拝見したら、お年を召された男性だった。
グレーのジャージ上下に、首にタオルを巻いて、軍手を両方着け黒い作業用長靴姿。
用務員さん、だろうか…?
花壇の手入れをなさっていたらしい、お顔が赤い。
「どうされました…?大丈夫ですか?」
「……う、うう……」
「待ってくださいね、誰か人を…」
「……み、…み、…み……」
「…み?」
「……みみ……」
「みみ?!耳ですか?」
「……っみ、みみ、み、ず……水…!!」
水…!!
男性は、どうやら軽い熱中症みたいだった。
ずいぶん日が昇っているのに、日陰ひとつない場所で水分を摂ることなく延々と数時間もの間、花いじりに集中していたそうだ。
その気持ちはよくわかる。
散策し始めるとなかなか切り上げられない俺も、春夏は常に警戒して、荷物の中に冷えピタとスポーツドリンクを余分に持って歩くことにしている。
それが役に立った。
会長さまのテリトリーまで男性を支えて歩き、ベンチへ座って(ここは絶妙に心地良い木陰になっているから)、首と額に冷えピタを貼り、すぐに水分補給。
持って来ていた学校案内で、ぱたぱたと風を送っている内、すぐに回復なさったご様子。
ほっとした。
「……いやいや…迷惑かけて済まんかったね……」
しょぼしょぼと目をしばたたかせる、なんだかおじいちゃんと呼びたくなるような、穏やかなお顔だちの男性だ。
「とんでもございません!通りがかって良かったです。俺も夢中で散策して水分補給を忘れることが多いので…お気持ちお察しします。ですが、これからすこしずつ夏へ向けて暑くなって参りますし、春先でも油断為さらないでくださいね。せめて帽子をお忘れなく…」
「かたじけない…助けてくれてありがとう」
「どういたしまして!困った時はお互いさまですから」
そこで男性は、やっと気づいたとばかりに、目を見張られた。
「お前さん…見ない顔じゃのう…」
「あ、はい…昨日入学しました…ええと、高等部から入学しました、前陽大と申します。初めての寮生活で、このような広大な敷地が珍しくてうれしくて、散策させて頂いていた次第でございます」
「……ほう…成る程……いかん!」
「うえっ?!」
なんだかまったりとした空気が一転、男性が急に立ち上がった。
「急に立ち上がられては…!」
「お前さん、外部から来たんじゃぁ知らないだろうが、此所は学園内で最も危険地帯…!ええかの、この学園には一般生徒は勿論、教職員も決して近寄ってはならん、『3大勢力』のテリトリーがあるんじゃ!誰にも聞いとらんかのう、それにしても此所は危険…!話は後じゃ、一刻も早く此所を去らねば!!」
男性の必死の形相に、ぽかんとしながら、俺も必死で引き止めた。
「たぶん、大丈夫ですからー!お座りください、まだ安静に!」
「たぶんじゃいかんのじゃー!ええい、武士の情けで放しんしゃい!お前さんにはまだわからんじゃろうが、此所は百獣の王の巣なんじゃー!」
百獣の王の巣…!!
百獣の王…!!
瞬間的に浮かんだ、生徒会長さまのお顔は、まさに百獣の王で。
俺は不覚にも、ぷぷっと噴き出してしまった。
「笑い事じゃない、」
「すみません、つい…あの、ほんとうに大丈夫ですから、お座りください。実はここだけの話、先程こちらで、会長さまと七々原優月さん、満月さんに遭遇しまして…きちんとした許可を頂いたわけではありませんが、特別追い出されることもなかったので、大丈夫だと想います。もし後々問題が起こるようでしたら、俺が全ての責任を持ちますから、どうかお座りください」
そう言うと、身体中から力が抜けたように、男性はへなへなと腰を下ろした。
「……なんと…お前さん、あの悪魔の様な生徒会長と双子に会ったのかね……」
悪魔…?!
会長さまと優月さん満月さんの頭に角や触角、口には牙、矢印になった尻尾が生えている様が、瞬時に浮かんだ。
男性の言い方が真に迫っていたので、また噴き出しそうになったもののなんとか堪えた。
「はい、こちらですこしお話しする時間を頂戴しました。ですから、きっと大丈夫です」
男性はくり返し、なんということだと呟いて。
「お前さんこそ、学園を救う天使なのかねぇ……」
俺は、ほんとうに、噴き出すのを堪えるのに、一生懸命でした。
2010-09-07 23:21筆[ 141/761 ][*prev] [next#]
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