12.双子猫のハートをキャッチ!
またもがっつりと握手したところで、俺はそっと立ち上がった。
「ええと…会長さまの本心や意向はわかり兼ねますが、こちらが会長さまの管轄で且つ安息の場、何人も立ち入り禁止ということに変わりありませんよね…そろそろ俺はお暇させて頂きます」
ぱちくりと目を見張られた七々原さまたちは、揃って片手を出し、俺の服の裾をはっしと左右から掴んだ。
「「ヤ!」」
ヤ!って、そんなお可愛らしい動作で引き止められましても…
俺が一方的に線目になるだけで、状況は変わりませんよ?
「あ、あの…俺だけじゃなく、七々原さまたちだって叱られるのでは…?」
恐る恐る問いかけると、同時にはっと目を見張り、空いてる手でしまった!とばかりに口を押さえていらっしゃる。
けれども、服を掴む手を放して頂けないばかりか、より一層強い力がこめられた。
お可愛らしいなぁ…
ますます線目になってしまう。
ぷうっと頬を膨らませ、足をばたばたさせて。
「「前陽大ともっとお話する〜う」」
お可愛らしいなぁ…
「だいじょーぶ!こーちゃん、前陽大を叱らなかったもの!」
「だいじょーぶ!こーちゃん、ゆーにもみーにも甘々だよ!」
底知れぬものを秘めた得体の知れない会長さまでも、やっぱり、お可愛らしい七々原さまたちには弱いのだろうか。
御2方に振り回される会長さまの図が、容易に目に浮かぶ……なんだか、微笑ましい。
「「もっとお話する〜う。『男のロマン』同盟会議、記念すべき第1回だぜ!」」
おっと…!!
俺は大事なことを忘れるところでした。
記念すべき第1回会議とあれば、不参加など有り得ない。
というわけで、俺はまたベンチへ戻り、七々原さまたちとお茶の続きを楽しみながら、男のロマンについて熱く語ったのでありました。
しばらく男のロマンについて花を咲かせていたら、ふいに七々原さまたちのポケットから、「ねこふんじゃった」のメロディーが聞こえてきた。
携帯の着信だろうか?
1フレーズ流れたあと、すぐに切れてしまった。
のんびりサブレを齧っていた御2方は、はっと我に返り、体育座りしていた足を元に戻してくるりと瞳を瞬かせた。
「「もう行かなくちゃ…」」
しゅんと肩を落とす、その仕草もタイミングも1コンマの乱れもなく同時で。
双子の神秘に感動しつつ、その頭を撫でて抱きしめたい衝動を、「男のロマン同盟」員として堪えつつ、俺は笑った。
「ずいぶん時間が経ったみたいですね。長くお付き合い頂きまして、ありがとうございました!とっても楽しかったです」
「ゆーも、」
「みーも、」
なにかを言いかけた御2方は、またも、はっと目を見開いた。
くるくるとよく動く素直な瞳だ。
「「忘れてた、だいじなこと…!」」
ただならぬ切迫した表情に、大事なご用があったのに、俺と話していたことで時間が失われていったのかと、胸が痛んだ。
「どうなさいました?お急ぎでしたら、俺のことなど気になさらず行ってくださいね!お引き止めして申し訳ありませんでした」
あわてて告げた言葉に、しかし、御2方はむうっと眉間にシワを寄せられた。
「「そうゆうんじゃないもん!」」
どうやら俺は間違えてしまったらしい。
すみませんと言う前に、御2方はしーっと人指し指を口に当てた。
「「これから前陽大に、だいじなことを聞きます」」
「え?は、はい…」
俺に質問?クイズ?なぞかけ?
それも、大事な…?
真剣な表情の御2方、にわかに漂い始めた緊迫感に、俺も姿勢を改めた。
たっぷりと、間を開けて、春風が何度も何度も吹き抜けた後。
「「どっちが優月で、どっちが満月でしょう?」」
ん?
考える間もなく、答えた。
「俺の右側にいらっしゃるのが優月さん、俺の左側にいらっしゃるのが満月さん」
俺の答えに、御2方は緊張で強張ったお顔のまま、喉を上下させた。
「「……ファイナルアンサー……?」」
「ファイナルアンサー!」
「「……ホントのホントに、ファイナルアンサー…?!」」
「はい!ファイナルアンサー!」
「「……ラストチャンスだ、前陽大……真剣にファイナルアンサー?」」
「はい!ファイナルアンサーでお願いします!」
左右からじいいっと、焼け付きそうな視線で見つめられながらも、俺の答えは揺らがない。
再び、たっぷりとした沈黙の後。
「「……正解……」」
「やったぁー!」
喜ぶ俺とは反対に、御2方は実に複雑なお顔をなさっている。
口惜しいような、哀しいような、おかしいような、落胆しているような、戸惑っているような…いろいろな感情がない交ぜになった表情だった。
「「……どうして、わかった……?」」
「御2方とお話していて、『ゆー』『みー』と度々呼び合っておられるのを見て…」
またもや、毛が逆立った猫のように、びびびっと驚愕する七々原さまたち。
「「迂闊だったぜ…!」」
「七々原さまたちは、一卵性さんでしょうか」
「「……そうでしょうね……」」
がくりと肩を落とされる様子に、当てたらいけなかったかなと気後れしつつ。
「仲良しさんのご様子ですし、ほんとうによく似ていらっしゃいますけれど、優月さんはすこうし上がり目、満月さんはすこうし下がり目だったり…お声の調子も、優月さんはおっとりさんで、満月さんは早口さんだったり…人ってやっぱり人の数だけ個性それぞれですよねえ。どんなに似ている兄弟でも、血縁関係のない他人のそら似でも、いろいろな違いが当然あって…だから人生は十人十色で面白いし、人との出逢いは楽しいものになるのでしょうねえ…」
しみじみと語ってしまった、「どちらのおじいさまですか?」と母によく突っ込まれる語りに、しまったと想って顔を上げた。
だけど、優月さんも満月さんも、すこしも笑っていなくって。
ぽかんと、固まっておられて。
「「……前陽大には、ゆーとみーの違いが、わかるの……?」」
「え、ええ…わかりますよ。まだお会いしたばかりですから、わずかなことばかりですが…」
「「……前陽大には、ゆーとみーが、見えるの……?」」
「???見えていますよ。ここにいらっしゃいますから」
御2人はおおきな瞳を無表情に見合わせて、俺を振り返り、こくりこくりと頷いた。
「「ふうん…そっか…」」
「はい…すみません、失礼でしたらお詫び申し上げます」
俺の浅慮で、言ってはならないことを言ってしまったのだろうかと危惧した。
雰囲気が硬質に変わっていたから。
案じる俺に、ふるふるとかぶりを振り(結構長い時間だった)、御2方はふわっと一瞬、微笑った。
「「はると、これからはゆーとみーのこと、1人ずつ名前で呼んで」」
喜んで!と笑って頷くと、今度こそにっこりと笑ってくださった。
2010-09-05 21:56筆[ 139/761 ][*prev] [next#]
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