7.ふぅ〜やっとひとりに…ん?!
生徒会長さまはそれからしばらくして、「腹が膨れたら余計に眠ぃ…」と呟き、おもむろに立ち上がられた。
「じゃあな、前陽大。俺ぁ帰って寝る。お前も長居してねえでとっとと帰れよ」
「あ、はい…えーと…その…」
「あ?」
「いろいろと、ありがとうございました…?」
「ふはっ、なんだその半疑問…!眠ぃのに笑かすなっつの」
わー…あーあ。
最後の最後に笑い上戸を復活させて、脇腹を押さえながら「またな」と、会長さまは俺に背を向けた。
眠いと言いつつ、その背は凛と伸びていて、隙がない。
1度も振り返らず、スマートな身のこなしでさっさと遠ざかって行く。
なんとなく立ち上がって、目礼して見送りながら、ため息をついた。
会長さまがいかに強い存在感を放っていたか、彼の御方が去ってから想い知った。
世界が急に色褪せて見える。
それまでと何ら変わりない、咲き誇る桜も、高く昇り始めた陽も、木漏れ日も、地面に落ちる影もなにもかもきれいである筈なのに、色彩が、フィルターを通したかのように薄ぼんやりとしている。
なんという御方だ。
ベンチに座ろうとして、いや、もう会長さまはいらっしゃらないのだから、なんの遠慮もいらないだろうと、真ん中に座り直して。
つい先程までここにいらっしゃった、温もりと、涼やかな香りが残っているような気がして、後悔した。
なんという御方だ。
俺が無理しているのではないかと、ほんの一昨日出会った早々にそんな印象を持ったそうだが、会長さまこそ無理をなさっているのではないのか。
そりゃあ先輩だけれど、1つしか違わない。
彼の御方だって、この学校のアイドルさまの頂点と言えども、まだ10代で未成年で…
いくら様々な場数を踏んだ上での余裕や達観であったとしても、親御さんないしは保護者さんの庇護下に守られている、同じ子供には変わりないだろう。
なんだかモヤモヤする。
遠い存在の御方でよかったと、想ってしまうのは仕方がない。
これ以上、関わることはないだろう。
今日は学校生活3年間の中でも、奇跡の1日なのだろう。
ただの1生徒に過ぎない俺が、休日にたまたま生徒会長さまと遭遇した…奇跡だ。
俺は平穏な日々を心の底から望んでいる、絶対平和主義なんです。
言葉を交わせたことは貴重な経験だった。
いろいろな御方がいらっしゃること、一瞬のすれ違いでも知ることは、とても得難い経験だ。
うん!
自己完結、自己納得、終了!
俺も早く寮へ戻ろう。
その前に、食後のお茶を…食べ終わった途端、会長さまは眠そうだったから敢えて言わなかったけれど、ちょっとしたおやつがあるのでした。
和三盆の桜の花びら型サブレ。
粉砂糖に和三盆を混ぜて作ると、しっとりとした、趣ある和菓子みたいに仕上がるのがいい。
そこへ昨日、武士道の皆が拾って来てくれた、本物の桜の花びらも入れた。
(武士道の皆の目当ては、桜餅なんだけれど)
番茶をすすりながら、日向ぼっこ状態。
日差しに目を細め、サブレをさくさくとかじっていたら。
「「あー!前陽大!」」
「「いけないんだー!こーちゃんのテリトリーにいる〜ぅ」」
見事なデュエットが聴こえて。
なにごとかと目を上げたら、双子の子猫…じゃないです、アイドルさまの一員、七々原優月さまと満月さまのお姿があった。
お揃いのネイビーのボーダーTシャツに、ハーフ丈のデニムのカバーオール、編み上げショートブーツの格好に、ななめ分けした前髪をネコのシルエットのピンで留め、仲良く手を繋いでおられる。
そのお2人のお姿に、俺は想わず、大きく叫んでしまったのでありました。
叫んでしまったのも、無理はないのだと、自己弁論させて下さい。
「お可愛らしい…っ!」
2010-08-30 23:41筆[ 134/761 ][*prev] [next#]
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