おにぎりも、卵焼きでくるんだ菜の花のお浸しも、たこさんウィンナーも、お味噌汁も、生徒会長さまはひとつひとつに感嘆の声を上げ、美味い美味いと召し上がってくださった。
 ひとりだけのお昼ごはんのつもりだったのに。
 意外ににぎやかな時間を過ごせた。
 緊張は抜けなかったけれど。
 あったかい番茶を飲みながら、満足そうに一息つき、目の前の桜を和やかな瞳で見つめている横顔は、やっぱり、人並み外れてきれいで大人びていた。
 かと想ったら、ふいにこちらを向いた。

 「食堂部っつーのも伊達じゃねえな。お前が本気なら認可してやらんでもねえ」
 そんなこと覚えていらっしゃったのか。
 いろいろとお忙しいでしょうに…
 「…いえ…そもそも、口から勢いで出た妄想ですから結構です。明日から通常授業が始まれば、そうそうのんびりしてもいられないでしょうし…お気遣いありがとうございます。大したものではありませんが、会長さまのお口にすこしでも合ったなら幸いです」
 「あのな…へりくだるなよ。この俺が美味いって言ってんだ、素直に喜んどけ」
 「はぁ…そう言われましても…」
 会長さまの普段食のレベルがわからない限り、不透明な感動だ。
 
 「実家の味に似てた。つか、想い出した」

 ん?

 「ウチは大した家じゃねえ、メシもフツーのメシだし。此所の食堂諸々は俺にとっちゃ豪勢過ぎんだよ。いちいち贅沢っつか…けど、ずっと寮生活だと感覚も麻痺してくるし。だからなんか懐かしいっつか、原点を想い出すっつか…つい最近まで帰省してたんだけどな」

 大きな手が、伸びて来た。
 俺の手と比べるべくもない、男らしい大きな手が。

 「ご馳走さま。ありがとうな」

 くしゃくしゃっと、頭を撫でられながら。
 笑顔、だ。
 ほんとうの、笑顔だ。
 いろいろな表情、いろいろな笑い方の中でも、ほんとうの嘘偽りない笑顔だ。
 そう信じてしまいたい程に、会長さまは微笑っておられた。
 

 この人の瞳は、凶器だ。


 「一宿一飯の礼代わりに教えてやるよ、前陽大」
 なんだろうと、ぼんやり見上げたら、もう真剣な表情にすり変わっていた。
 掴めない御方だ。
 「明日からお前、気をつけろよ」
 「……はい?」
 「ま、武士道が根回ししてるだろーけど。悠は当てになんねえが親衛隊はどうにでもなる、風紀もお前の害にはならん…いいか、十八学園の脅威は、俺らでも風紀でも武士道でも親衛隊でも無え」
 十八さんがこんこんと説いてくれた、3大勢力と親衛隊をまだ安全だと説き、鋭い瞳が細まる。


 「お前が1番気をつけるべきは、新聞報道部だ」


 新聞報道部…?

 「学園内の日々を、校内新聞で綴っていらっしゃるとかいう…」
 委員会と部活動のしおりを想い描きながら、確かにそんなお名前の存在があったと認識した。
 「表向きは至って平穏だけどな、治外法権だ。奴らの活動に俺ら生徒会も風紀も武士道も、一切口出しできん。言論・思想・表現の自由に則って、奴らは自由に動き、自由に記事を書く。新聞報道部の存在は公だが、活動の公正さを守る為だと部員も活動場所も一切不明、好き勝手しやがってる秘密組織だ」
 なんだか、怪しいお話だ…
 呆然とする俺に、会長さまは呆れたように苦笑なさって。


 「お前、他人事だと想ってんだろ?食堂で派手に目立ってた今年唯一の外部生として、お前は既に大多数の生徒からマークされてる。つまり、新聞報道部の格好の餌食だ。
 明日の校内新聞の一面は、間違いなくお前だぜ?
 武士道が後ろに居ようが、美山がついて居ようが、気をつけな」


 なんですって…!
 俺が新聞の一面…?!

 「そそ、そんなまさか…!俺など、そんな…!」
 「学園は新鮮なネタに飢えてんだ。常に退屈して飽和してんだよ。真新しい風を待ってる、いつもいつも…時代がどんなに変わっても。それが人間だろ?事件のない日々が安らかな事は誰でもわかってる、それでも心は事件を願ってる。自分に迷惑のかからない話なら、自分の平穏が約束されているなら、いつでも大歓迎!そんなもんだろ」
 また、頭に手が乗っかってきた。
 今度は、ぽんぽんって、撫でられた。

 「美味い昼メシの礼に、俺も気に掛けといてやるよ。お前は平穏を望む質だろ?武士道と美山の言う事に耳傾けて、1人で行動しない様にしな。花見も、次から誰か誘ってしろ。今日の所は晩が帰省Uターンラッシュだから、まだ安全だけどな」
 「…貴重なご忠告を誠にありがとうございます。仰る通り、平穏な学校生活を心の底から望んでおりますので、気をつけます…」
 ぺこりと頭を下げ、顔を上げたら、会長さまはまた微笑っていらっしゃった。
 笑い上戸なバカ笑いじゃない、ほんとうの笑顔で。

 そもそも、アイドルさまのリーダーに君臨なさるこの御方と一緒に居ることこそ、大変な問題行為ではないかと想いつつ…
 だからお先に失礼致しますとは、なぜか言えないでいた。



 2010-08-29 22:41筆


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