5.お母さん、ラスボスに翻弄される


 ひとしきりお腹を抱えて笑った後、涙を拭いながら、会長さまはため息を吐かれた。
 「あー……笑った笑った。眠ぃっつーのに…疲れた疲れた」

 どかっ!
 
 と、勢いよくベンチに腰を下ろされたものだから、俺は慌ててスペースを空けて端へ寄りつつ、膝に広げていたお弁当の包みを片づけ、早々に辞去しようと想った。
 「いーっての。俺のテリトリーって勝手に想ってるだけだし。それぐらい誰も通らねえ穴場なんだよ。お前みたいに散策したがる生徒なんて他には居ねえ。安心しな」
 なんですと…
 「俺のテリトリーって勝手に想ってるだけ」ですと…?
 なんだ、そりゃ…
 呆れて横目を向けると、生徒会長さまは何を気にすることもなく、寛いだ姿勢で足を組み、欠伸を噛み殺していらっしゃる。
 欠伸すら絵になる、芸術になるという事実に、俺はひどくおののいたのでありました。

 寛ぐ会長さまとは裏腹に、存在を許されはしたものの俺の緊張は高まり、姿勢を改めて座り直した。

 「……差し出がましい様ですが、睡眠が不足していらっしゃるのですか?」
 「『睡眠が不足していらっしゃる』…!お前、俺を笑い死にさせる気か…オール明けでダレてんのに…」
 「オール明け…?ははぁ…これだけ大きな学校の生徒会さんともなると、様々な業務に追われるものなのですね…」
 「はぁ?生徒会の仕事なんざ、土日までやってられっか。下界に降りただけだっつの…」
 左様でございますか…
 「一成も言ってた…十八学園の皆さまは、外出することを『下界に降りる』と仰るのですか?」

 なにげなく聞いた疑問。

 きっと、それまでと変わらないくだけた口調で、また笑いながら応えるのだろうと想っていたのに。


 「此所は隔離されてるからな…」


 背筋が、粟立った。
 ひどく遠い、冷たい眼差しに、温かみのない呟きに。
 整った容貌が、皮肉にもより鮮やかさを増した。
 ほんのすこしの時間のこと。
 すぐにまた、寝不足を訴える表情が戻って来た。

 「あー…怠ぃ…つまり夜遊び帰りってわけ。で、抜け道通って帰って来たら、お前が呑気に花見してたと」
 「なるほど…すみません、お帰りの所、邪魔してしまって…」
 「んなこと言ってねえだろ。お前ってさ、いつでも礼儀正しく謙虚で控え目、1歩下がって歩くみてえな?『皆のお母サン』って重荷なんじゃねえかと想ったけど、ちゃんと拗ねるし面白いし…なんか安心した。別に無理してるわけじゃねえのな」
 「お気遣いありがとうございます。無理などしておりませんが、生徒会長さまにそんなに面白がられる謂れもありません」
 「ははっ、面白ぇのは良い事だろ。人間、面白くねえと人生つまらん」

 もう笑ってる。
 さっきの冷たさは、嘘のように。
 この人って、なんだか。

 「……俺も、会長さまの印象が変わりました」
 不思議な御方だ。
 人は皆、いろいろな顔を持っているものだ。
 けれど、会長さまは、特にいろいろな表情を有しておられる。
 「そりゃそうだろうな。いつもの俺は演じてるから」
 さらっと事もなく言ってのけ、カラリと笑う。
 「……そのご様子ですと、それが苦じゃないみたいですね」
 「あぁ、そうだな……」

 今度は、ふっと、やわらかく目を細めて微笑った。


 「お前ならいつかわかるかもな。素のままで居るより、面白い事がある」


 風が、ちいさく吹いて。

 連なる大樹から、桜の花びらをなびかせた。

 1枚の花びらが、ひらひらと優雅に、会長さまの目の前を横切り、広げたままのお弁当の上へ舞い落ちた。
 その軌跡を追っていた会長さまの視線は、自然にお弁当へと注がれ、急にお腹を空かせた子犬の目になったから。
 俺はため息をついて、苦笑した。
 「大したものではありませんが、召し上がられますか?ひーちゃんがお世話になっているようですし、会長さまの勝手なテリトリーにお邪魔したお詫びも兼ねて…」
 「悠…!忘れてた…一昨日も結局逃げやがった…あのガキどうにかしてくれ!幼馴染みだろ?あの我が儘坊主め…」
 「俺にもどうにもできませんが、ささやかなお手伝いなら…まあとにかく、おひとつどうぞ」
 「おー」

 まだ昇りきらない日差しが、ご苦労の多そうな会長さまを、桜を通して穏やかに照らしていて、とてもきれいだと想った。



 2010-08-28 23:26筆


[ 132/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -