64.一舎祐の暗黒ノート(1)


 暗室は落ち着く。

 デジタル化が進んでる中、わざわざ昔気質な暗室を使う意味はない。
 「俺達の活動」は極秘だから尚の事、古めかしい現像作業が必要な機器なんか使ってられない。
 正しくは、暗室風の部屋。
 隠された部屋の奥の奥。
 ごく一部の限られた人間しか知らない、その少数だって滅多に訪れない。
 換気口があるだけの、窓すらない部屋。
 黒く塗りつぶされた四方の壁、出入り口には黒いカーテン、スチールのデスク、座面と背面に長時間対応のクッションが施された黒い椅子。
 唯一鮮やかなのは、目の前のパソコンと、接続されたプリンターから流れる印刷物だけ。

 モノクロの無機物が、世界の音を支配する、此所は心地良い。

 「も・も・も・も・萌え萌えエンジェル〜出逢った時から萌えズッキュン〜君のハートは萌え燃えぇ〜」

 ケータイと、デジカメ。
 無音の仕掛けが施された写真機能は、今日も優秀だ。

 「夢の王道〜つまり総受け萌えぇ〜も・も・も・も・萌えにゃんにゃん〜スマイル1発・即5発〜ビョーキはいやん〜萌えデンジャー〜」
 
 さぁて…
 どう料理しちゃおうかな、萌えりー?
 君があんまりにも期待以上だから、想わぬ興奮で手が震えるヨ。
 初日で全コンプリート、マジパネぇ!
 ついでに理事長までコンプして欲しいんですけど〜何とか接触の機会を…つっても、君のミラクルで遭遇も夢じゃないカナ?
 腐腐腐…
 鈍感ウブウブ平凡、堪んないけど〜もーちょっとヤル気出してネ?


 パソコン画面に溢れ出る、呑気な前陽大のアップ。

 1クリックで、真っ赤に染まった。

 お前が壊れるトコロが見たいんダヨ。


 3大勢力、親衛隊持ち…家柄も容姿も頭脳にも恵まれた美味しい美形集団が、お前に関わる事でぶっ壊れて、お前自身もぶっ壊れる…
 過去も、現在も、未来も。
 全員、ぶっ壊れる。
 どうなるか、わかる…?
 美形集団は、家の力でかろうじて助かるだろう。
 その後は今までの人生を悔い改め、家の監視下の元、クソ真面目に真っ当な人生を歩み始めるんじゃナイ?
 それはどうでも良い。
 ヤツらがぶっ壊れるのは面白いケド、後のコトは興味ない。
 じゃあ、同性愛で傷付いた、平々凡々なお前は…?


 もう1クリックで、前陽大は真っ黒に染まり、粉々に砕け散った。


 ようこそ、地獄へ…!

 ノコノコ無邪気にやって来た、お前が悪いんダヨ。
 精々、全校生徒を大いに巻き込み沸かせ、愉しませて頂戴ナ。

 
 不意にケータイが震えた。 
 上から、だ。
 「もしもし…催促ですか」
 『どうだ?』
 「万事抜かり無く……デキは上々です」
 『そうか、頼んだぞ。最初から最後まで見てたのはお前だけだからな』
 「分かってますよ」
 『裏付けも取れそうだ。後で、ゲラ見せの時に』
 「はい」
 無駄のない会話に、だからこそ、熱を感じる。
 学園が、揺れている。
 揺れようとしている。

 
 3回目のクリックで、復活する前陽大。


 「愉しませてネ……萌えりー…?」
 近くにあったハサミを、呑気なツラへ突き付けた。
 見せて。
 お前が、その笑顔を失い、醜く、腐り、ボロボロになって、猜疑心に苛まれ、壊れて行く姿を。
 人間の醜悪さを、見せて。

 人間の汚さを、俺に、信じさせて。



 2010-08-12 23:36筆


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