63.十左近先輩の気苦労日記(1)


 ヤツらが去った後、食堂は少し活気を取り戻したが、それでも尚、いつより静かだった。
 常ならば、それぞれ目当ての生徒が来る度に盛大な歓声を上げ、ひそひそとあらゆる噂話に話を咲かせ、親衛隊持ちならば対象者をことごとく持ち上げ、場合に因っては写メ大会の開催。
 3大勢力でも訪れようものならば、先の入学式の如き大騒ぎの勃発、抑止するにも多数過ぎて対応出来ず、教師を呼んだ所で埒が明かない。
 肝心の食事をするという行為は専ら後回し、好き勝手に騒いだ後は礼儀もマナーもあったものではなく、食べ残しや食わず嫌いのオンパレード、廃棄する食物の量の異常な多さで、食堂から苦情が入った事もある。

 それが俺達の日常。

 静かな食事を望むのならば、ピークを避けるか、購買で購入して食堂には近寄らないか、或いは自炊するか…自炊の選択は極めて有り得ないが。

 それがどうだ。
 こんな事は初めてだ。
 3大勢力と親衛隊持ち一部、学園の人気者が勢揃いした事に、話題は尽きない様だが、皆大人しく着席して食事を進めながら、控え目な声音で静かに言葉を交わしている。
 食事が終わった後は、速やかに静かに席を立ち、ウエーターに挨拶。
 ウエーターも何やら動作が違う。
 いつも通りのプロの動きだが、どこか楽しそうに見えるのは、俺の気の所為か。
 
 ふと、去り際のチビ助を想い出した。
 『ご馳走様でした、すごくおいしかったです…!途中、見苦しく騒いでしまってご迷惑おかけしました…すみませんでした。以後気をつけます。お忙しい中ですのに、厨房まで見学させて頂いて、本当にありがとうございました。お世話様でした』
 丁重に頭を下げるチビ助に、ウエーター達は手を止め足を止め、更に丁重に頭を下げて笑顔で応じていた。

 『とんでもありません、前様。御礼を申し上げたいのは我々です。こちらこそ、お越し頂き誠にありがとうございます。またのご来店をお待ちして居ります。我々はいつでも前様と食堂部設立を歓迎致しますので、どうかお気を楽にお越し下さいね』
 『ありがとうございます!』
 更に、今まで見掛けた事がない、厨房のシェフまで何人か出て来ていた。
 『坊主、またなー!』
 『『『いつでも遊びに来いよー』』』
 『わ、皆さま、お忙しいのにわざわざすみません…ありがとうございます!』

 それだけでは終わらなかった。
 チビ助は、やおら食堂中を見渡し、ちらちらと様子を窺っていた生徒達にも、深く腰を折った。
 『先程は急に騒いでしまって、お食事中の皆さま、お食事に来られていた皆さまに大変ご迷惑お掛けしてしまい、本当に申し訳ありませんでした』
 ぽかんとする食堂中に、長く頭を下げた、それに倣って「武士道」が頭を下げていたのには驚いたな…
 天下無法の集団が…

 流石の生徒会も風紀も、この上なくぼけっとしてたっけ。
 誰よりモラルに欠けている書記が焦って、『俺が悪いしぃ〜…はるちゃん、悪くないからぁ〜皆、ゴメンネェ〜』と、相変わらずチャラチャラしつつ謝罪したのも驚きだ。
 動揺する生徒が多い中、チビ助だけ平常心でにっこり、無垢なガキみてーに笑って颯爽と出て行き、出入り口でまた一礼してたっけな…
 此所はどこの道場かとツッコミそうになったけど。
 ヤツに武道の心得でもあるのか、やたら所作に筋が通ってた。

 「十左近んん〜、らしくねぇなァ、メシ中に考え事かァ?」

 我に返ったと同時に、既に食べ終わった所古が、俺の皿からフィレステーキを盗んで行った。
 「……所古……」
 「はっは、盗られる方が悪いさァ!」
 悪びれずに豪快な所古に、何を言っても無駄だ。
 それよりも、俺達が考えるべき事が幾らもある。
 「チビ助を、どう見る…?」
 所古の飄々とした表情は変わらない。

 「面白いなァ…実に面白いじゃないかァ!ちびっこいそよ風が、稀に偏西風に変わる。いいねぇ、ラスト1年間、愉しくなるなァ」
 「言っておくが、放送部に貰うぞ」
 「じゃ、兼任させるかなァ!あれぁ良い素材だぞー」
 何を考えているのか、冗談か本気か知れない口調で言い切り、水を飲み干し、食堂中をぐるりと見渡す。
 所古の目線が、一瞬、鋭いものに変わった。


 「さぁて…チビちゃん、どんな魔法を使ったのやら、使うのやら…?」


 未だ帰省中の生徒が多い中、それでも、テンションの高い新入生と一部の在校生がひしめく食堂。
 かつて静かだった試しがない食堂が、本来の機能と品格を取り戻そうとばかりに、落ち着いた様相を見せている。
 チビ助がどんな風を起こすのか。
 「「週明けが見物だな」」

 取り敢えず。
 
 「所古、サンダルは止めとけ」
 「ローファー、どっか消えちゃった!」
 「……あのな……後輩に示しがつかねぇだろうが…部会あるのに……」



 2010--8-12 23:03筆


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