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 子ウサギ状態キープのまま、光速で頭の中で計算していた、僕の背後から遠慮がちな声が聞こえた。

 「『白バラの君』、…よろしいでしょうか?」

 想わず噴き出しそうになった、それを理性で食い止め、ごく軽い咳払いで優雅に誤摩化せたのは、僕が合原心春だからに違いない。
 「白バラの君」って…!!
 急にその呼び名を出すんじゃないよ…!!
 いつの時代の貴賓のサル真似だか、このメイクオバケが自分の呼び方を統一させると宣言して、中等部時代から親衛隊員に徹底させているクダラナイ慣習。
 ヤツより格下の家柄や、平隊員連中は、やむを得ず従っている。
 僕の様に、家柄、容姿、隊員歴も申し分ない上層部組は、思い思いの呼称でメイクオバケを呼んでいる。

 ただ白く厚塗りしただけのメイクオバケが、厚かましいんだよ!!
 大した実力も頭脳もないオバケが、張りきってカネや身体で切り開いた権力なんて、見苦しい事この上ないんだよ!! 
 白バラの君って…!!
 バラに申し訳ないだろうが!!
 本名、富田一平(とみた・いっぺい)のクセによ!!
 やっぱりコイツ、早々に追い出してやろう…ウザすぎるわ、マジ。
 
 「うん…?何だい、生徒会会計・無門様親衛隊長」

 なっげーよ!!
 勿体つけた呼び方、なっげーよ!!
 つかコイツ、ぜってー他所の隊員の名前、覚えてないよね?
 だって、バカだもんね!
 そうだ、コイツ、バカだった!!
 それじゃあ、しょうがないか…アハハ!!
 殊勝に手を上げて名乗りを上げ、オバケに発言を許された、無門様親衛隊長こと木村真樹(きむら・まき)先輩は、きりりっと顔を上げられた(ふっふん…僕は全隊員の顔、把握しちゃってるもんね!)。

 「外部生の前陽大について、我々親衛隊に害を及ぼす存在にはならないと、私は1つの見解を主張させて頂きます」
 
 ざわ!

 騒がしくなる室内、不愉快そうな表情をむきだしにする、みっともないことこの上ないメイクオバケ。
 けれど、木村先輩の発言を、遮る勇気のある者は居ない。
 名実共に在る3年生で、あの無門様をずっと見守って来られた、非常に優秀な親衛隊を率いる方だ。
 これはラッキーだった!
 公明正大な木村先輩があの場に居たのならば、ノープロブレム。
 勝利の女神は、僕に常に微笑んでくれる!

 「…と言うよりも、私は感動して居ります」

 ……ん?
 どうしました、木村先輩?
 メイクオバケも、は?みたいな間抜けヅラ。
 だから、僕の笑いのツボを刺激すんなっての!!
 なんだ、あのツラ!!
 折角の厚塗りメイク、崩れちゃうんじゃないですか〜一平先輩!!
 ざわざわと騒がしさを増す室内、間抜けヅラのオバケをを気にすることなく、木村先輩は熱く語り始めた。


 「我々無門様親衛隊員は、無門様の幼少のみぎりから始まった偏食ぶりに、心を痛めて参りました…偏食にも関わらず、すくすくと美丈夫に育たれた無門様……けれどいつか、そのツケが来る筈だろうと、日頃からさり気なく彼の人の偏食を直すべく、隊員一同努力したものの総じて水の泡…無門様は誰の助言も聞き入れて下さらない……!
 おいたわしい無門様…無口なばかりに誤解され、類い稀なる美貌の為に周囲と壁が生じてしまった無門様、その体躯の良さをキープする為の健やかな食生活は、永遠に望めないものなのか…!!
 絶望に打ちひしがれた我々に、けれど光明が差したのです!!神は我々を見捨てなかった…!前陽大、かの偉大なる聖母の如き聖人君子が、無門様の頑なお心を溶かし、自ら進んで嫌いなものを口にするまでへと誘った…ああ、今日は何て喜ばしい日でしょう!!」


 「それなら、白バラの君!我々天谷様親衛隊も同様です!!食べられないワケじゃない、けれど、この形がイヤだ味つけがイヤだ色が気に食わないと、とんでもなく困ったちゃんな、そこがまた愛らしいチャームポイントでもある天谷様!誰も止められない天谷様のワガママを、ワガママだとハッキリ明言し、御本人様の為にならないと厳しく叱責した前陽大!!彼は、賢者です!」

 「我々七々原ツインズ親衛隊も同様です!!奔放なお食事ぶりがお可愛らしい七々原様達ですが、前陽大は七々原様のお肌事情を心配しながら、お世話して下さいました!彼は、聖者です!!」
 「我々美山様親衛隊も、美山様がいつより穏やかに為さっておられて少しホッとしました…無論、隙のないいつもの険しい美山様も素敵ですが!」
 「我々音成様親衛隊も、快活に笑ってお食事なさっている姿を拝見できて幸せでした!」
 「我々プリンス親衛隊も、プリンスが生徒会のお仲間様以外に、風紀や不良組とお食事為さって居る画は、得難いもので…」
 
 次々と寄せられる報告に、メイクオバケは描き眉を顰めつつ、怪訝に呟いた。


 「お前達にそこまで言わせる前陽大…何者だ…?」
 「「「「「……例えるなら、お母さん?」」」」」


 そうだ。
 僕達親衛隊が食堂で大人しくしていた、大人しくせざるを得なかったのは、3大勢力や親衛隊持ちが勢揃いしていたから、だけじゃない。

 母性、だ。

 前陽大から溢れる、皆様を見つめる、慈愛の眼差し。
 皆様の肩書きを聞いても媚びる事なく、卑しい感情は一切見せずに、1個人の人間として、初対面だという礼儀と謙虚も忘れない。
 嫉妬に狂いやすい、僕達をも黙らせる。
 初対面ながら、母親の様な言動と行動。
 慈愛でできた純度100%の行為に、誰が手を出せるものか。
 柾様の隣だからって …そりゃ、ちょっとモヤっとはしたけど?母親の前で文句もへったくれもないだろうさ!!
 メイクオバケだって、実際会ったら、黙るしかないだろうよ!!

 「白バラの君、提案です」

 だから、ここは敢えて、アンタの望み通りに呼んであげる。
 メイクオバケの容姿へ対する嘲笑を、絶世の微笑に変えて。


 「前陽大の母性、親衛隊にとって大いに有益なものです。敵視するよりも、我々の手の内へ……ただ、白バラの君が接触されていない事ですから、結論を出すにはまだ早いとも感じます。しばらく監視を続けて、前陽大の見極めを…」


 なーんてね!
 僕の頭の中では、3大勢力様を黙らせて従え、腐った学園で育った故に頑な心をも動かすあのお母さんを味方につければ、柾様との恋の成就も早いと見切っているのさ!
 親衛隊なんぞ、柾様とお近付きになる手段に過ぎな〜い!!
 ああ、柾様…待っていて下さいね!!
 大丈夫、僕達の恋には、お母さんがついていますからね!



 2010-08-09 23:34筆


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