54.お母さんの希望


 それはまさに、至福の一時。

 煮炊きをしたり炒めたり、包丁を振るったり素材の下ごしらえをしたり、料理の盛り付け、下がって来たお皿や使った器具を洗ったり…
 誰1人、無駄な動きなど一切なく、片付けながら各セクションの仕事へ向かっておられる。
 次々に舞いこむオーダーを、全員で一体になって、手際よく楽しそうにこなして行く。
 時折飛ぶ怒号のようなかけあいも、プロである誇りから来る気性の荒さ、また気心知れているから故に発せられるものだと感じた。
 できあがったお料理を俊敏に運んだり、片付けて戻って来るウエーターさん達も、声をかけあいながら楽しそうに動いておられる。
 調理器具の立てる音、料理が熱される音、洗いものの水音、すべての音がリズミカルで心地良い。

 皆さま、なんて格好いいんだろう…!!

 願わくば、ずっと眺めていたかった。
 見ているだけで、ものすごく勉強になった。
 忙しい合間に声をかけてくださる皆さまに、もっといろいろなことをお聞きしたかった。
 けれどもお昼時のピークだ、本格的なオーダーの嵐が始まっていた。
 軽やかに動き回る皆さまのペースも、徐々にスピードを増している。
 大変名残惜しかったが、速やかにお暇することにした。

 「ありがとうございました…!お忙しい中、お邪魔してしまってすみませんでした。すごく勉強になりました!」
 来た時同様、聖域の出入口で一礼。
 皆さま、また手を休めてくださって、笑顔で見送ってくださった。
 「「「「「もう帰るのか?またいつでもおいでー!」」」」」
 「ありがとうございます!」
 なんて気っ風のいい料理人さんたちなんだ…!

 厨房と外界を隔てる、例の壁まで、山本春明料理人さまと最初に案内してくれたウエーターさん…熊田さまと仰るらしい…が、お忙しいにも関わらず見送ってくださった。
 「ほんとうにありがとうございました…!!まさか見学させて頂けるとは夢にも想わず…ほんとうにうれしかったです!お世話になりました!」
 「いいってことよ。どうだ坊主、中々の厨房だろ?」
 「はい!!憧れのツールが山ほど…大変素晴らしい厨房さんで、皆さま、活き活きと働かれておられて…俺、俺もここでバイトさせて頂きたいぐらい、」
 
 「前陽大、残念ながら生徒のバイトは禁じられている」
 「校外での行動は長期休暇以外原則として不可。賃金が発生するあらゆる活動を禁ず。但し家業については申請を持って例外有りとする。以上、生徒総則、第41条より。ですから、校内の活動など言語道断、言うまでもありませんよ」

 う…!
 すかさず飛んで来た、着席なさったままの風紀さま御2方の冷静なお声。
 耳に痛い…!
 「ええっと…もちろん、お給料など頂くつもりは毛頭ございませんが…」
 「「学生の本分は?」」
 「………学業、ですね……」
 「宜しい」
 「加えて、君はまだ入学したばかりでしょう?」
 「はい…」
 俺のひそやかな野望が、早くも崩れ去ってしまった。

 確かに、まだ授業も始まってないのに、バイトを始めるって言ったら、十八さんがひっくり返ってしまいそう。
 こんなに素晴らしい社会勉強の場はないのだけれど…
 「っく…!そんな目をしても無駄だ…!俺の家で犬は飼えん!」
 「委員長、敵の小動物作戦に惑わされないで下さい」
 「大丈夫だ…どう鳴かれようとも飼えないものは飼えん!」
 「その場の安い感情に支配されない委員長は立派です」
 風紀さま方が、なにか言っておられる…
 どうしたんだろう…

 ん、待てよ?
 「でしたら、食堂部という部活動の一環で…」
 「何だそりゃ。んなクラブ無えし」
 「そんな勝手な部活動は認められない」
 
 う…!
 同じく着席なさったままの、生徒会長さまと副会長さまの鋭いツッコミ…!!
 名案だと想っ…
 「え〜でも〜総則第50条/部活動の発足について、定員数が達し、有意義な活動を望める場合は此れを認め、同好会から部として昇格する、でしょ〜?」
 「はるとが食堂部?よくわからんけど…作るんなら、俺ら全員入部するし?」
 「「「「無論!どこまでもお母さんと共に!」」」」
 「武士道」の皆…!!
 大好き…!!

 「てめえら、だーれが承認の判を捺すと想ってんだ?俺が認可しねえ限り、上には行かねえよ」
 そこへ立ちはだかる、生徒会長さまという名のあまりに巨大過ぎる障壁!!
 「……だいじょうぶ。はると、おれ、こっそり、こーちゃんの、捺す。」
 かどなしさま…!!
 

 「……宗佑……。
 ま、それはとにかく。そもそも何だよ?食堂部って」

 
 問われて、皆さまの注目を浴びて。

 へらっと、首を傾げるしかなかった。

 俺の夢の為、社会勉強の場です!
 なんて。
 言えません!!
 笑ってごまかし中の俺へ、成り行きを見守ってくださっていた、山本春明料理人さまと熊田さまのお声。
 「坊主、俺にややこしい事はわからんが、まぁいつでも遊びに来な!俺は金曜なら確実に居る、ちっと話すぐれえは出来んだろ。中の連中にも話通しとくからな!」
 「前様、我々『食堂部』一同、いつでも前様のお越しをお待ちして居ります」
 「あ、ありがとうございます…!!」
 精一杯、お辞儀をした。



 2010-08-03 09:44筆


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