49.お母さん、大忙し!
会計さまの髪は黒に近い、深い茶色で、ツヤがあってやわらかく、とっても撫で心地がよかった。
長い前髪の隙間から覗く目は、相変わらずうっとりと細まり、上唇が薄く下唇が厚めの口元も、ゆうるりと弧を描いており、許容してくださっていることに安心した。
延々と撫で続けたい………場合じゃないっ!
「あ、申し訳ございません…!初対面の御方に、しかもアイドルさまの会計さまに対して何たる暴挙を…失礼致しました!」
俺ったら!
さっきから、うっかりしてばっかり!!
慌てて手を退けたら、会計さまは目を開き、哀しそうな眼差しで俺をじいっと見つめた。
そう、それはまさに。
『くぅん……キューンキューン…』
子犬が寂しそうに鳴いている、そんな効果音が最適な表情。
な…!
俺に、どうしろと!!
「はると……おれ、失礼、ちがう……はるとの手、すき。おれ、あいどる?と、ちがう。会計さま、いや……おれ、無門宗佑(かどなし・そうすけ)。はると、おなじ、1年。」
うう…!!
キュンキュンが止まらない!!
「わ、わかりました!かどなしさん、ですね」
「……かどなしさん、ちがう……どうして、名前、よんでくれない……」
「す、すみません…俺、ちょっとした人見知りで…初対面の御方をお名前で読んだり、呼び捨てすることは、どうしてもできかねるんです。それにも関わらず、急に頭へ触れてしまって、矛盾してますが…ごめんなさい…」
「………わかった。おれ、なかよく、なる。して。……おれは、はると、呼ぶ。」
「は、いっ…?!」
キュンキュンの触れ合いは、唐突に終わった。
俺の腰に走った、重い衝撃の所為だ。
どがつーん!っと、ものすごい勢いで抱きついてきたのは、かどなしさんの隣の席にいるひーちゃんだった。
「ばるぢゃんん〜…!!」
「ひーちゃ…!お、重いっ…!重怠い…!!」
「ごめん、ごめんね〜ばるぢゃんん〜!!おで、わがままいっでごめんなざい…ずぎぎらいいっでごめんなざい…ぢゃんどだべるがら、ゆるじで…!!ばるぢゃんにあっで、うれじぐっで…でも、ばるぢゃんにいづもおごられでだごど、ずっがりわずれでだ…ごめんなざい!!ぢゃんどだべるがら、うぢのごじゃないなんで、いわないで〜!!」
「あ〜も〜……すみません、かどなしさん、お話の途中で…またの機会がありましたらよろしくお願い致します」
「………うん。ひさし、ワガママ。知ってる。」
ひーちゃんめ…!!
かどなしさんにもバレてるワガママっぷりで、まさかアイドルさま方のお仕事を邪魔してやいないだろうか…!!
やればできる子だって、わかってるけれども。
まったくもう!
「はいはい、ひーちゃん?わかってくれたならいいんだよ〜ほら、ちゃんと顔上げて、ちゃんと食べようね?ひーちゃんがわかってくれるなら、ウチの子じゃないとか、もう言わないから…俺も久しぶりだったからって、暴言だったよね。しかもこんな公共の場で…ごめんね」
「ばるぢゃんばわるぐないじ…!!でも、でも、びざしぶりにじかられで、ちょっどうれじがっだ…!!ばるぢゃんが、おでのぞばにいるっで…ばるぢゃんん〜!!」
「はいはい、はいはい……お、重いって…俺も久しぶりにひーちゃんに会えて嬉しいよ?知ってる人は居ないと想ってたから…これからよろしくね」
「……うん」
「よし!泣いてるの?もう涙は止まった?チリ紙要る?」
「……いい」
「ん。じゃあ〜…、」
立ち直ったひーちゃんを、見守ってから。
すっかり皆さまのお箸が止まってしまった状態の、ぎゅうぎゅうのテーブルを見渡して。
改めて、騒いでしまったことを謝罪しようとしたら。
パチパチパチパチパチ
クラスメイトの皆さまから、「武士道」の皆から、アイドルさまの皆さまから、風紀さまの御2方から、公共の場ということが配慮されたちいさめの拍手。
えっ?!なにごと!!
呆然と立ちすくむ俺に、アイドルさま方の揃ったお声。
「「「「悠に言う事聞かせるなんてすげー」」」」
「……すげー。」
そういう意味ですか…!
「「チャラチャラ君の殊勝な姿、初めて見た〜」」
「「「「見たぞ〜」」」」
「武士道」の皆も同調している。
「前代未聞だな」
「そうですね」
風紀さま方も深々と頷いている。
美山さんもおとなりさんもあいはらさんも、こっくり頷いていらっしゃる。
ひとつやさんは顔を赤らめたまま、なにやらメモなさっている。
ひーちゃんったら…!!
当のひーちゃんはどこ吹く風、俺の腰にしがみついたまま、口笛なんか吹いている。
「お行儀が悪い!やめなさい」
「はぁい」
「口笛は食事が終わってからね」
「はぁい。じゃあ〜後でぇ〜はるちゃんの好きな料理番組の吹くねぇ〜」
「うん。俺も座るから、放してくれる?」
「はぁい」
ふう…やれやれ!
一連のやりとりを経て、なんだか久しぶりに席に着いた俺に、再び皆さまからちいさな拍手。
「「「「「完璧、お母さん」」」」」
え…!
だって、ひーちゃんは手がかかる子だから…
「はるちゃあ〜ん、ピーマンも人参も食べるからさぁ〜ちいさく切ってくれるぅ〜?」
「もー…ひーちゃんは昔から細かくしないと食べないんだから…そんなことじゃぁ困るんだよ?自分でなんとかできるようにならないと。でもまぁ、久しぶりの再会だから…今日だけですからね!」
「はぁい」
ね、こんなに手がかかるんだ。
近づけられたお皿、渡されたフォークとナイフで、少々お行儀が悪いけれども致し方ない…ていねいに野菜を切って、ひーちゃんへ返した。
かわいい形に切ったら、なんだって食べてくれるんだけれど…
さすがにレストランにそんなサービスはないだろうなぁ…
この子の野菜嫌いには困ったもんだ!
「つか〜はるるとチャラチャラ坊やって、どんな関係さ〜?」
ひーちゃんの食わず嫌いに悩む俺へ、一成から素朴な疑問が投げかけられた。
俺とひーちゃんは、きょとんと顔を見合わせて。
「「ちっちゃい頃、近所だった幼馴染み」」
と、答えた。
2010-07-30 23:34筆[ 101/761 ][*prev] [next#]
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