48.この技はレベル99で取得可能


 ど…

 ど…

 どうしましょう…!!

 頭を下げたまま、上げられません。
 ええ、到底上げられませんとも…!!
 想わず、やってしまった…
 こんな公共の場で、こんな素敵なレストランで、周囲の目も気にならなくなる程…言わば何となく出かけた夕方のスーパーで優良な見切り品を見つけてしまったが如く、熱くなってしまった…!!
 お、俺ったら〜!!

 青くなったり、赤くなったり、顔中、いや身体中の血液がどうにかなりそうな感覚に襲われる中、半端なく静まり返っていたレストラン内が、すこしずつ動き始めるのがわかった。
 皆さん、ほんとうにほんとうに申し訳ありません…!!
 ついうっかり…ウチのひーちゃんが、以前と変わらない我が儘っぷりで甘えてきたものですから!
 久しぶりということもあって、ハッスルしてしまったんです…!!
 皆さまの大切なお食事の時間を、今日入学したての新参者の俺が騒ぎ立て、めっちゃくちゃにしてしまって、どうお詫びしたらいいものやら…

 時代が違っていたら、切腹ものですよね!!
 わかります、わかっておりますとも。
 これは速やかに退出するしかない…
 ああ、でも、頭が上げられない…
 上げるのが怖い。
 
 「………すすめ、はると………。」

 ただただ頭を低くして、居たたまれない気持ちで硬くなっていた俺の耳に、かすかなかすかな声が届いた。
 このお声は…
 確か、アイドルさまグループの会計さま?
 一生懸命に自己紹介なさっておられた、先程はお腹が空いたと必死に訴えておられた、あのお声ではないだろうか。
 やはり懸命な声の調子と、俺の名前を知ってくださっていること、無視できるわけがない。

 恐る恐る、顔を上げた。
 ひーちゃんの隣に座っていたらしい、会計さんは、俺をじいっと見つめておられた。
 う…!
 なんてひたむきな視線…!!
 胸がきゅんっと締めつけられる、ピュアな瞳だ。
 なにかを訴えたいと、頼りなく動く唇、爪が白くなる程に握りしめられたお箸…会計さまはどうやら、俺と同じ「金曜日の創作料理プレート」を召し上がっておられるようだ。

 「なんでしょうか?」
 プルプルなさってる会計さまを、驚かさないように、急かさないよう慎重に、ゆっくりと声をかけた。
 会計さまは俺を見つめ、ご自分のお皿を見つめ、その動作を何度もくり返した後。
 「……おれ……おれ、……」
 「はい。だいじょうぶですよ。ゆっくりでいいですから、ね?俺はちっとも急いでませんから」
 会計さまにすこしでも安心して欲しくて、頷いて見せた。
 会計さまもこくりと頷き、意を決したようにきりっとお皿の1点を見つめてから、俺をまっすぐに見返して。


 「おれ……菜の花、きらい。すごく、苦い葉っぱ、きらい。だけど食べられる。から……食べるっ…」

 ぱくりっ
 ごっくん


 眉を顰めながら、菜の花と切り干し大根のサラダをキレイに食べきった会計さま。
 「……おれ、なんでも、食べる……食べもの、だいじ。食べもの、感謝。…だから、もったいないオバケ、出ない…?…はると……はると、も、怒らない…?」
 未だ立ったままの俺を見上げる両の瞳は、わずかに潤んでいて。
 ひーちゃんへ対する言葉を、我が事として受け止めてくれた。
 俺の食へ対する想いを、真摯に感じ取ってくれた。
 食わず嫌いで食べなかった、苦手な食べ物を、目の前で食べて見せてくださった。
 会計さまのそのご様子に、俺は、心の奥からじんわりと温かいものが込み上げて来て。

 「よく頑張りましたね…!いっぱい頑張ったのだから、オバケなんか出ませんよ!俺も怒ったりなどできるワケありません…偉い偉い!」

 満面の笑顔で、想わず会計さまに近寄り、頭をそうっといい子いい子撫でしてしまった。
 会計さまはうっかり近寄った俺に、気分を害された様子もなく、拒否の意向も現さず、ただただ気持ちよさそうに、目を細めてくださっていた。

 
 「「出た〜…はると最終奥義…キラースマイル」」
 「「「「お母さん…お母さんは『武士道』のお母さんなのに…」」」」
 (((((笑うとものすげー可愛いんだな…)))))
 「ふーん?笑うと可愛いじゃん」
 「「「「「口に出すなよ、生徒会長…」」」」」


 ――などという会話が、同テーブルにおいて繰り広げられていたとは、会計との触れ合いを満喫していた陽大には、まったく聞こえていなかったのであった。



 2010-07-29 22:46筆


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