怪しい男 後編



あれから数日。



あの日の夜のことなど、ほとんど忘れかけていた休日のことだ。珍しく何も予定を入れていなかった俺は、朝から部屋を掃除していた。いつも何だかんだで後回しにしてしまっていたので丁度いいだろうと思いたったわけだ。
可愛い女の子をナンパしに行くのもいいが、もし万が一のことがあった場合部屋が汚くては話しにならない。


・・・ん?誰だ、今鼻で笑ったヤツ。言っておくが俺はいたって大真面目。このセリフも何回目だ畜生。


それに休日に池袋をぶらついて臨也さんになんて出くわした日には最悪の休日を迎える羽目になるだろう。それだけは避けたい。



とまあ、こんなことを思いながら一通り片付け終わり、ふぅと息をついて休憩。後ろにあったソファに身を沈めた。窓から入り込む風が心地いい。只今午後4時、少しくらい昼寝もいいだろうと俺はそのまま目を閉じた。
















ピーンポーン



あれからどのくらい経ったのか、目を覚ますと開け放した窓からは少し肌寒い風がふいており少し身震いしてから俺はむくりと起き上がって窓を閉めた。外はすっかり暗くなっており時計の針はもう19時を指していた


「やっべー寝すぎた」


一通り片付けたが、まだ細かいところが中途半端に終わっていない。

とりあえずキリのいいところまでやってしまうか、とのっそり体を動かした時だった。



ピーンポーン


ベルの音が聞こえて、扉の方を見る。こんな時間に誰だ?知り合いならば来る前にメールか何かあるだろうし・・・、まあ考えていても仕方がないのでとりあえず玄関に向かう。

覗き穴から向こうを見るとそこに立っていたのは警官だった。え、何で警官?俺なんかした?

心当たりがなくもない(黄巾賊関係、とかね)ので若干怯えつつとりあえずチェーンをかけたまま扉を開けた。すると警官は人当たりのよさそうな笑みを浮かべ話始めた。


「夜分にすみません、おやすみ中でしたか?」

「あ、いえ・・・何かあったんすか?」

「ええ、実はこのアパートで殺人事件がありまして。それで今住民の方に聞き込みをしているんですよ」

「そう、なんですか」

「はい。それで、最近怪しい人を見ませんでしたか?」



咄嗟に浮かんだのは数日前にすれ違った、あの男だ。その事を伝えようとして、ふと思いとどまる。ドラマの見過ぎかもしれないが、もしかしてこのことを言ったら署で詳しく〜なんて展開になるんじゃなかろうか。明日も学校だし、あまり関わりたくない。それにもしかしたら怪しいだなんて俺の勘違いで、あの男の人はこのマンションの住人かもしれない。

些細なことでも伝えておくにこしたことはないのかもしれないが、正直面倒くさかった俺は何も知らないということにしてしまった。

何も知らない旨を伝えると、警官は「そうですか」とだけ言って帰っていった。


こんな近所で殺人事件て、怖い怖い。


結局この日はそのままお風呂に入って寝ることにした。
掃除は…また次回にしよう。


















翌日。

いつも通り学校を終えてアパートに帰ってくると、ある部屋の前に人だかりが出来ていた。興味本位で近づくと人だかりの向こうには警官が数人立っており何やら慌しい雰囲気。近くで喋っていたおばさん達の会話に耳をすませてみると“殺人事件”という単語が耳に飛び込んできて、この前尋ねてきた警官の言っていたことを思い出した。


あれ、やっぱり本当だったんだ。


警官が訪ねてくるってことは本当なんだろうけど、正直半信半疑だった俺は改めて自分のマンションでそんなことがあったと自覚した。

とはいえこんな所に突っ立っていてもしょうがないので、自分の部屋に戻る。自分のアパートで殺人が起こったのに、意外と冷静でいられるのは多分未だに実感がわかないからなのだろう。だって、普通に生きていればそんな場面に出くわすなんてほぼないと言ってもいい。

扉を開けて鍵をかける。用心に越したことはない。

静かな部屋に1人、何だか急に怖くなってきてテレビを点ける。適当にチャンネルを回していると夕方のニュースが始まった。何気なく手を止めて見ていると、そこには見慣れた自分のマンション。どうやら殺人事件の報道のようだ。気を紛らわそうとテレビを点けたのにこれじゃ意味ないじゃん、とチャンネルを回そうとしたその時だった。


『えー、この事件の犯人ですが、つい先ほど逮捕された模様です。犯人は無職の―』



「な、なんだ。捕まったのか」


よかった―、男の1人暮らしとはいえこんな身近で起こるとやはり怖いものは怖い。
安心してソファに座った瞬間、テレビに映し出された犯人の顔を見て、俺は戦慄することになる。



「こ、この男!」






テレビに映った男の顔―

それは確かに、昨日部屋を訪ねてきた、あの警官の顔だったのだ。



あの時、もし「怪しいやつを見た」と言っていたら

俺はどうなっていたんだろう。








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