夜の一人歩きは危険です
深夜2時、
夏独特の蒸し暑さに目が覚めてしまい、そこからどうにも寝付けなくなってしまった俺は近くのコンビニに出掛けていた。
「一人暮らしってのは不便だよな、全く。」
暑く火照った体を冷まそうと冷蔵庫を開けて思わず項垂れた。一人暮らしの冷蔵庫には残念ながら本当に何も入っておらず、そういや今日は買い物すんの忘れたなーなんて思いながら仕方なしにサイフを後ろポケットに入れて家を出たのだった。
「ありがとうございましたー」
気だるげな店員の声を後ろ手に聞きながら店を出る。今買ったばかりのスポーツドリンクを一口のみながら、辺りを見回す。
真夜中にも関わらず、通りにはまだ人がちらほら歩いており、その中には自分と同じ年くらいの少年たちの姿も見受けられる。
ふとその中に、何年か前まで自分もいたことを思い出し思わず顔をしかめた。
―ま、今さら俺には関係ねぇし。明日も学校だし、帰って寝る努力でもするとしよう。
そう思い家路につこうと振り返った時だった。
「オララァアア!!」
―ガンッ!!
「ひ…っ!!」
―ドガッ!!
「ぎゃぁぁああ!!」
「た、助けてえぇええ!!」
嫌な音が通り中に響き渡るとともに宙を舞う人らしきもの。それと同時にこちらに逃げてくる何人かの男たちと―、
「待ちやがれぇえ!!」
その男たちを追い掛けているバーテン服にサングラスという奇抜な格好をした男。
平和島静雄。
「うわー…、やっべえ」
その光景に思わず引きつる頬。と、同時に嫌な汗が背中を伝う。
―何で、何で…!!!
「何でこっちに向かってくるんだよ!!馬鹿やろー!!」
そう叫んで気づけばなぜか俺も駆け出していた。
「はぁ、はぁっ…」
乱れた呼吸を何とか整えようと大きく息を吸う。
さっきまで一緒に逃げていた周りの男たちは今や完全に伸びていて立っているのは―、いや、生き延びているのは俺だけ。
「さぁて、あとはてめえだけだな。」
目の前には獲物を捕らえて勝利を確信したような野獣の姿。
ああ、もう駄目だ。俺は逃げるのを諦め、目を閉じ―
…いや、いやいやいや!!
待て待て待て!!
おかしいよこの展開はさぁ!!
まず何で俺が追っかけられて、追い詰められて、逃げるのを諦めて、目を閉じようとしてんだよ!!
「ちょっ、ま、待って下さい…っ!!俺は無関係です!!」
「ああぁ?」
「俺、ちょっとコンビニ行ってただけで!!だからほんと、無関係なんすよ!」
「・・・」
「何!?その疑いの目!!」
被害者俺なのに!!
ひどくない!!?
「いやー、すまねえな。何か静雄が迷惑かけちまったみたいで。」
「あ、いえ・・・」
「おら、お前も謝っとけよ静雄。」
「・・・すまん。」
あれから何回弁明しても、頭に血が上った平和島静雄にはなかなか信じてもらえず、あとから現れたトムという男に何とか助けてもらったわけで―。
話してみればトムさんは普通に常識のある人で、巻き込んだお詫びだとかで缶コーヒーを奢ってもらったのはいいが、なぜか3人で公園にいるというこの状況。どうしたらいいのだろうか。
「あー、なんだ。ほんと悪かったな、巻き込んじまって。」
「…あ、いや全然。まぎれちゃった俺も悪いし」
正直、俺は悪くないと思うが…。
しかし平和島静雄、いや、静雄さんも喋ってみれば案外普通にいい人だった。なんかいろいろと不器用そうだけど。
「紀田は高校生?」
「あ、はい。」
「高校生が何でこんな時間にふらついてんだ?まあ今時珍しくねえけどよ。」
明日学校じゃねえのか?
トムさんに言われて気づいた。そうだ、明日は普通に平日だ。ということは学校…
「やっべえー…」
「ま、そういう訳ならそろそろ帰りな。何ならうちまで送るか?」
「いや、大丈夫っす。うちそこなんで。あ、コーヒーありがとうございました。」
じゃあ、また。
軽く頭を下げて家を目指そうと歩き出したとき。
「おい、」
「?なんすか?」
不意に声をかけられて振り返る。
そこには静雄さんが何か言いたげに立っていた。
「コレやるわ。」
「え、コレって」
「頬、切れてる。」
「あ―」
「じゃあな、気ぃつけて帰れよ」
そういい残してスタスタと帰っていく静雄さん。
俺の手には絆創膏が握られていて、もう片方の手で頬を触ってみればぬるりとした感触。確かめれば少し血が出ているらしかった。
「…ははっ、何だよ」
普通にいい人じゃん、平和島静雄。
池袋最強と呼ばれる奴の意外な一面を見れた気がして少し嬉しくなってしまったこの時の俺は、明日の学校のことなんてすっかり忘れていて。
次の日、目が覚めた俺を待っていたのは大雨の中干されっぱなしの洗濯物と、帝人からの数件の着信履歴だった。