勉強は大事





放課後の教室


グランドで部活に勤しむ生徒の声をBGMに俺は1人ノートを広げ、一向に解ける気配のない問題集と睨めっこしていた。




「やべえ、ぜんっぜんわかんねー」


昨日徹夜でゲームしてたせいで、1限目からぐーすかと居眠りしてしまったのだがそんな日に限って運が悪いことにあの数学教師に見つかってしまったわけで…。


「あっれー?俺の授業中に居眠りなんて、いい度胸してるね正臣くん?」

「…っん」

「へー、そんなに俺と放課後に勉強したいんだ?いいよいろいろ教えてあげる、いろいろね♪」

「…え、…なんすか?何の話、」

「じゃ、これ今日中に1冊仕上げてね。」

「は?…て、これ1冊!?」



広げられた問題集には訳のわからない数式がつらつらと書かれており、授業を聞いていなかった俺には全く手のつけようがないくらいに難しかった。幸い今日は理数系の先生たちの会議があるらしく、今はあの数学教師も会議中だがいつ帰ってくるかわからないし、帰ってきたらきたで何されるかわかったもんじゃない。さっさと解いて帰らなければ…。


頼りの友人たちはみんな各々用事があるらしく、申し訳なさそうに帰っていってしまった。さてどうしたものか。

そんな時だ



ガラッ―


「おい、何してる。もうすぐ下校時刻だろうが、さっさと帰れ。」

「っシズちゃんせんせー!ヘルプ!」

「どーでもいいが、その呼び方やめろ」


ああ!神様はまだ俺を見捨てていなかった!教室のドアが開いた先にいたのはシズちゃん先生こと平和島先生。先生は俺のクラスの担任、そして彼は国語担当。怖そうな見た目で犬猿されがちだが、中身はすごいいい先生。頼れる兄貴って感じかな。

まあ国語の先生だけど一応大学とか出てんだろうし、高校2年生の数学くらいなんとかなりそう!…多分。

キラキラした目で見つめていると何か嫌な予感を察知したように眉を顰め教室のドアを閉めようとする先生。その手をすかさず引っつかみ無理やり俺の前の席の椅子を引いて座らせた。うわ、超不機嫌な顔。











「ああ?数学だぁ?」

「そ!頼むよ!ね?!かわいい生徒のために!」

「俺、担当国語だっつの」

「高2の数学なんか楽勝だろ!?ほんとお願い!じゃないと俺あの胡散臭い数学教師に何言われるか…」

「…しゃーねえな」


あれから数分、ことの経緯を説明してなんとか静雄先生に見てもらえることになった。数学教師というフレーズに過敏に反応した気がしたが気のせいだろうか。


「で、どこがわかんねえんだ?」

「…全部、なんちゃって?」

「はぁ!?」

「だ、だって」


俺の発言を聞いてふざけてると思ったのか不機嫌度が増した。だが俺は全然ふざけてなどいない。それを釈明すべく慌てて問題集を広げて見せた。


「これ!超難しいじゃん!」

「んなもんすぐ解け……あ゛?」


せんせえは問題集を見た瞬間、訝しげな声を上げて俺の腕から問題集をひったくった。そしてパラパラページを捲る。捲るたびに眉間の皺が濃くなってるのは気のせいだと思いたい。


「…おい紀田。これ解かなくていいぞ。」

「は?それってどうい、う…」

意味ですか、と続くはずだった言葉を、俺は先生の顔を見た瞬間引っ込めた。
怒気が含まれた声でそう呟いた先生は怒りに燃えており、あろうことか問題集を握りつぶしていた。


「あんの、ノミ虫やろうがぁ」

「せ、先生?」


その後俺の呼びかけは一切聞こえていないようで、先生はスタスタと教室を出て行ってしまった。

いったい何だったのか。
とりあえず担任がやんなくていいと言ったんだから帰ってもいいだろう。そう思いふと床に落ちてあるグシャグシャの問題集を拾い上げる。そのとき初めてそのことに気付いた俺は心底バカだと思う。

「…これから授業は真面目に受けよう…自分のために」


帰り支度を済ませ、問題集をゴミ箱に捨てて教室を出る。
とりあえずシズちゃん先生があの数学教師―折原臨也をボコボコにしに行ったんだろう事はすぐにわかった。


問題集の表紙には大学2年の数学A、とはっきり書かれていた。









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