俺とあなたの逃避行





たまに、
逃げだしたくなるときがある。


漠然とした不安とか、孤独とか。そんなものに不意に襲われるときがあるんだ。その度に俺は現実から逃げだしたくなる。まるで、世の中の人間すべてに背を向けられたような、錯覚。ああホント、何言ってんだろ俺。俺には大事な友達がいるはずなのに。でも、それさえも、偽者なんじゃないかって。人間なんて、平気で嘘をつく生き物だ。平気で人を裏切って傷つけて、それでも平気な顔をして毎日息をしてる。なんて滑稽な生き物なんだろうなぁ俺たちって。なあ、教えてくれよ。誰でもいいからさ、今まさに俺は居場所を見失ってる。俺がいるべき本当の場所はどこ?



「何いってるの?」


高級マンションの一室で、唐突にそんな声をかけられ半分うとうとしていた俺は気だるげに声のしたほうに顔を向けた。当然ながらそこには部屋の主である臨也さんの姿がある。今まで仕事用のデスクで何やら書類と向き合っていた彼があからさまに驚いたような、いや、呆けた顔をこちらに向けている。いきなり発せられたその言葉は疑問系で、明らかに俺に向けられた問いかけだとは理解できるのだが―


「…それはこっちのセリフなんすけど。仕事し過ぎてとうとう頭やられちゃいました?」


不躾な言い方かもしれないが、これしか返す言葉が思い浮ばなかったのだからしょうがない。後半の嫌味はこんな時間まで俺を放置した彼に対するささやかな反抗だ。散々放置されたあげく、いきなり意味不明な単語まで吐き出されては俺にだって手に負えない。


そんなことをぼんやり思っていると、臨也さんは盛大にため息をついて俺が座っているソファへと腰掛けた。一気に近づく距離。つーか、さっきのため息はなんだ。若干不貞腐れたような視線を臨也さんに投げかけると、少し上から俺を見下ろすその目が意外に真剣で、少し怯んでしまった。



「ねえ、何いってんの?」


再度、無機質にそう問われて混乱する。あなたこそ、何をいってるんですか。そう問いたいのに、目が反らせなくて。声が出ない。

そんな俺の心情を知ってか知らずか、ふいに伸ばされた臨也さんの手。その手が、俺の頬を包む。


「臨也さ、」

「ここにあるでしょ」


何が?
そう問いかけようとした唇を塞がれる。いつもみたいな乱暴なやり方じゃなく、優しく甘い口付け。そしてすぐに離れていくそれ。
驚きのあまり目を白黒させる俺に対し臨也さんは相変わらずいたって真剣だ。そのギャップは何なんだ。


「ここに、いればいいよ。」

「え?」

「逃げたくなったんならここにくればいいじゃない。」

「…なんで」


どうしてこの人は。俺の思ってることがわかるんだろ。その一言で、どれだけ俺が救われるか、これも臨也さんの計算なんだろうか。


「俺はどこにもいかないからさ」



そういって抱きしめてくる彼を、今だけ、ほんの少しだけ信じてみたくなって。
臨也さんの背中に俺は腕を伸ばした。







- ナノ -