体調管理はきちんと。
「けほけほっ、ん…」
いつもと変わらない朝。
のはずだった、昨日までは何ともなかったはずなのに。
目を覚ましてみれば体がだるく心なしか頭がぼーっとする。起き上がるのすらだるくて躊躇われたが、生憎今日は平日。普通に学校のある日だ。熱でもあるのだろうか、それもとりあえず起きて体温計を取りに行かなくてはわからない。
「、だる…」
何とかベッドから起き上がり、体温計を探すべく部屋の棚を漁る。しかし、予想外に体がうまく動かずふらつく体。
―ちょっと、予想以上にやばくないか、俺
そう思ったときにはすでに視界は反転していて、全身に鈍い衝撃。受身すら取れず気づけば床に倒れて思わず息を詰める。
「ってぇ…、ちくしょう、何だってんだよ…」
誰もいない部屋で一人悪態をつくが、再び頭がぼんやりして視界が霞む。心なしか息苦しい気もしてきた。
病院、救急車、薬、誰か―
回らない頭に浮かぶ単語はソレばかりで、さすがにこの状況がやばいということだけは辛うじてわかる。たまたま傍に落ちていた携帯を無意識に手に取る。
竜ヶ峰帝人
園原杏里
折原、
「い、ざやさ…」
何故その名前にかけてしまったんだろうか
数回の呼び出し音の後、聞こえてきた声に少なからず安堵する自分がいた。
『どうしたの、こんな朝早くに。』
「…っは、」
『…、紀田君?』
ぼんやりした思考の中、臨也さんの声を聞いた途端、変な安心感に襲われ喋ることをすっかりわすれていた。
『ちょっと、どうしたのさ。聞いてる?紀田君?』
「い、ざやさ―」
喋らなきゃ―
そう思うのに自然に瞼が下りてくる。
電話越しに臨也さんの声を聞きながら俺の思考はここでブラックアウトした。
世界がぐるぐる回っている
気持ち悪い。
「ん、ぁ…」
目を覚ますと何故か俺はベッドに寝ており、ふいに横を向けば額から何かが落ちる感触。
「タ、オル?」
手にとって見れば冷やされていただろうタオルが、今は温くなっている。
いったい誰が。
誰が俺をベッドまで運んでくれたんだ。
誰がタオルまで用意してくれたんだ。
「いったい、だれが?」
「あ、起きたんだ?」
「え…」
ふいに聞きなれた声が聞こえて、思わず起き上がる。見ればそこには何故か臨也さんの姿。若干不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。
ていうかなんで?
なんで、
「なんで、いざやさんが・・・」
「何でって、ひどいなぁ。紀田くんが死にそうな声で電話してきたんじゃない。」
「・・・あ、」
そういわれて、思い出した。
おぼろげな意識の中、確かにこの人に電話をした…
気がする。
―俺は何でこの人に電話しちゃったんだよ!!
恥ずかしさと後悔と、少しの嬉しさが俺の心中をぐるぐる渦巻いて思わず枕に顔を埋める。
「あ、ちょっとまだ寝ないでよ。わざわざ新羅から薬もらってきてあげたんだからちゃんと飲みなよ。」
「く、すり?」
おずおずと顔を上げてみれば白い袋が目に入る。そこには大きな字で“風邪薬”と書いてあった。
「(・・・何か、怪しく見えるのは俺だけだろうか。)」
以前、臨也さんに“薬”を盛られたことがあるだけに少し警戒してしまう。でもこれはしょうがなくね?
そんな俺を見た臨也さんは大きなため息をひとつ。
「何その目。何か疑ってる?やだなぁ紀田くんは。いくら俺だって病人に“薬”盛るつもりないから。」
「・・・・・」
そうは言っても簡単には信じられないわけで。そんな俺を見るに見かねた臨也さんはずかずかとベッドまで近づいてきて、あろうことか俺に持ってきた風邪薬と水を自ら口に含んだ。
予想外の行動にポカンとしているとさらに予想外の事態が起こる。
「え、ちょ・・・んぅっ!!」
突然のキスに頭が回らない。そんな俺を他所に臨也さんは舌をいれて俺の口内を荒らす。途端に錠剤が溶けだして苦味が広がる。それが嫌で臨也さんの肩を押すがびくともしない。吐き出すことは許さないとでもいうように口を塞がれ、もはやなすすべのなくなった俺は必死で薬を飲み込む。
チュ、クチュ―
「ぅあ、んっ、んんぅ・・・」
「んっ、・・・っは」
「ぁっ、はぁ、けほっごほっ」
ようやく離れていく唇。飲みきれなかった水が顎を伝う。思わず咳き込んで、足りなくなった酸素を必死で吸い込む。
そんな俺を満足げに見つめる臨也さん。何だかからかわれた気がしてカッと頭に血がのぼる。こっちは風邪で苦しんでいるというのに、からかうなんて!やっぱり最低だこの人!
何するんだ、と怒鳴ってやろうと思ったのに、次に臨也さんが発した言葉は意外なものだった。
「ほら、風邪って人に移すと治るっていうじゃない?薬も無事飲めたし一石二鳥だねぇ。よかったじゃない。」
ね?っとニコヤかに微笑まれ、喉まででかかった文句を飲み込む。畜生、不覚にもときめいてしまった自分自身に悪態をつき再び枕に顔を埋める。
まあ、たまにはこんなのも悪くない、かな?