雨降り





「お疲れさまです、」


まだ何人か残っているバイト先の人たちに挨拶して店を出る。
ふと空を見上げると、先ほどまでは晴れていた夜空も今では雲が覆い尽くしていて、ポツリ、ポツリと雨が降り始めていた。


「あー、そういや雨降るって言ってたっけな。」


バイト前に見た天気予報。
確かに雨だと言っていた様な気がするが、あまり信じていなかった俺は傘を持ってくるのを忘れてしまった。

だって、来るときは雲一つない快晴だったから。



「こーゆー予報だけはあたるんだよなぁ。」



本格的に降り出しそうな空を睨みつつどうしようかと考える。
バイトには誰のものかわからない置き傘がたくさんあり、自由に借りて帰ることも可能なのだが、いまのところ雨は小降りだ。

「ま、大丈夫だろ。」

はぁ、と軽くため息をつき、さっさと帰ろうと帰路についた。











その判断がミスだったと気づいたのは店を出て5分もたたないころだった。








「くそったれ…。」



バケツをひっくり返したような雨、とはこういうことを言うんだろうなー。

何とか走って近くのコンビニに駆け込んだ俺。
パーカーもジーンズも、もうびしょ濡れで色が変わっている。
一時的な雨凌ぎのつもりで中に入ったので、今更傘を買う気もない。


家に帰ったら即効風呂はいろ。



入り口の所でそんなことを暢気に考えながら、少しはマシにならないのかと再び空と睨めっこをしていたときだった。


ドン―ッ

「うわっ!!」

「うおっ?!」



肩に何かがぶつかって、予想外の大きな衝撃に俺はその場に尻餅をついてしまった。


「いってぇ…」

「っつ、手前ぇ、んなとこで突っ立ってんじゃねえ!!」


いきなり怒鳴られて思わずビクッとしてしまう。言われてみれば、入り口にボケッと突っ立っていた俺が悪い、あきらかに―
しかしちょっとぼけっとしていたくらいで、そんな声を荒げなくても…。とりあえず謝らなければ、そう思い顔を上げた。



「す、すんませ…って静雄さん?」


「あぁ?…って紀田か。」


顔を上げた先には、なぜかバーテン服にサングラスをかけた平和島静雄が仁王立ちで立って俺を見下ろしていた。


「何で手前がこんな時間に、ってびしょ濡れじゃねえか。」

「俺はバイトの帰りで…。って、静雄さんも人のこと言えないじゃないっすか。」


見れば、静雄さんも雨に打たれたのか濡れている。まあ、俺ほどではないかもしれないが…。俺がそう言えば顔をふいっとそらして、うるせぇと小さく呟いた静雄さん。
その様子が可愛くて少し笑ってしまった。


「バイト帰りってこの時間にか?」

「ええ、まあ。今から帰るとこだったんすけど、予想外にどしゃぶりだったんで少し雨宿りでもしようと思って…」

「ふーん、」

「ふーん、て」


自分から聞いたくせに、そう思いながらも決して口には出さない。ここで自らこの人の怒りを買うような馬鹿な真似はしない。そう、あの人のような真似は絶対。


少しの沈黙が続く。
それが数秒だったのか数分だったのかは覚えていない。
ただ黙って二人で空を見ていた。



そしてこの沈黙を破ったのは意外にも静雄さんだった。



「こっから家、近いのか?」

「えっ、あー。10分くらいっすかね。」


話しかけられると思っておらず、少しびっくりしてどもってしまったが、何とか返事を返す。するとまたしても沈黙。

何だかだんだん気まずくなってきて、そろそろ帰ると切り出そうとしたまさにその時。



「…俺んち来るか?」


「……え、は?」


一瞬何を言われたのかわからず硬直。数秒後、止まっていた思考が全力で動き出す。
俺が、静雄さんちに?


なんで、何で、ナンデ、why?


そんなやり取りをしている間に、雨は上がっていて。雲の隙間からは月が覗いていた。



















「入れよ、」

「…お邪魔します」


結局着いてきてしまった。
コンビニからなら静雄さんちのほうが近いらしく、風呂ぐらい貸すからとわざわざ申し出てくれた静雄さんの好意を無下に出来ず(むしろ無下にしたら死にそう)、有難く好意を受け取ることにした。

まあ、静雄さんの家を見て見たいっていう多少の好奇心もあったのだが。


「意外と普通だ…」

「ん、何か言ったか?」

「あ、いえ何も。」


おそるおそる中に入ってみれば、キッチンがありリビングがあり、何だか意外と普通でほっとした。だって、相手はあの池袋最恐の男だ。
もっとこう、ちらかってたり、物が壊れてたりするんだと思ってたのに。


「おい、」

「はい?って、わっ」


呼びかけられて振り返ろうと思ったら目の前が何かに覆われる。
慌てて掴んでみればバスタオルだった。


「お前、びしょ濡れだろ。使えよ」

「ありがとう、ございます…。」


もう、この間(※夜の一人歩きは〜参照)からイメージが違いすぎて困る。
だって、平和島静雄ってきけばどんな不良だってビビっちまうって話じゃないか。

それが今はどうだ?
こうしてわざわざ家に連れてきてくれて、俺にタオルを貸してくれて…。

ちらりと、静雄さんのほうをみれば、いつもかけているサングラスを外していてバーテン服の一部であるベストを脱ぎシャツのボタンを何個かあけていて―。

正直かっこいい。


水も滴るなんとやらと言う言葉は本当なんだなとぼんやり思った。



「…おい。何見てんだ?」

「はっ、いや、なっ何も見てません!!!」

「?…変な奴。」


訝しげに見られて思わず目をそらす。

何だ、この胸のドキドキは。
何だ、この顔に集まる熱は。





火照った熱をごまかすようにタオルで顔をごしごし拭く俺であった。






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