昔、一度だけ犬になった夢を見たことがある。犬種は探せばその辺にいるような雑種で瞳は空色。ボサボサで薄汚い毛は、手入れされることはなかったが困るほどではなかった。
近くには大体の場合、顔の見えない主人がいた。主人はあまり外へ出たがる人ではなく、ハボックはよく窓の外で吠えて主人に散歩をねだった。主人はいつも億劫そうにハボックに目をやってから、仕方なしといった具合にテーブルに本を置く。それからハボックの赤い首輪に紐を括りながらお前が羨ましいよ、とよく言った。
ハボックは頭のよい犬ではなかったから、主人が読んでいる本の内容も憂いるように寄せられた眉間のしわの理由も知ることはなかった。しかしハボックの頭を撫でたり耳を掻くときに主人が少しだけ嬉しそうにしていることから、ハボックの散歩が主人にとって苦になっていないことだけは知っていた。
夢はそこで終わった。ハボックは布団の中でうずくまりながらしまったと思う。
自分は主人に何もしてやらなかったなぁ。まだ礼をしていない、散歩の。
あれから同じ夢を見ていない。もう一度、あの夢を見たいとは思うのだがなかなかそうはいかないものだ。
首輪をつけられるのは嫌な気がしたが、もう一度同じ道が歩きたかったのだ。
Fin.
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『微傷』
2012.04.08.Sunday.
2012/04/08 22:57