「切原赤也おる?」

「どうしたんすか?」

「ちょっと聞いてほしい事があるげんけどいいけ?」


何時もなら多少の訛りはあっても標準語で話す彼女が方言のみで話している。相当苛ついているということだ。刺激してはいけないと俺は黙って頷くだけだった。

連れてこられたのは学校の裏庭で、そこにポツンと隠してあるかのように設置されているベンチに俺を先に座わらせてから隣に腰掛け話始めた。


「今日図書当番やってん。んで、カウンターで本の貸出しやっとるときに柳が来て――−」


柳から本を預かった名前は貸出し手続きをするため手元にある用紙に彼の名前と本のタイトルを書き、本の最後のページの裏に張り付けてある返却日欄に判子を押し顔をあげ絶句した。何故なら彼の憎らしいほど端正な顔がすぐ近くにあったからだ。柳はそのまま名前の頬に手を添えたかと思えば軽く擦ってから手を離した。

聞いてみれば目の下に睫毛がついていたとか。恥ずかしいことこの上ないという様に俯き気味になっているとバサリと何かが落ちる音がした。音のした方を見れば紳士な眼鏡のずれた柳生が本を拾おうとしているところだった。彼は本を拾い上げ眼鏡を押し上げながら口を開いた


「"お二人はお付き合いなされていたのですね。"って」

「ぶふッ」

「ちょっ大丈夫!?」

「だ、大丈夫っす。…で柳先輩は何て言ったんすか?」

「ああうん。まあ、何て言うか笑いながら頭を撫でてきたわ。そしたら柳生が更に"お似合いですね。"って、だからつい私"だら!"って叫んで出てきてしまってんけどどーしよ絶対に怒っとる…どーしたらいいがんかな…って赤也?聞いとる?」


いきなり黙りを決め込んでしまった赤也に声を掛けるが返事は返ってこず、代わりに彼の頬が少しだけ膨らんでいた。取り敢えずどうしようかと考えてみる事にした。考えること1分弱隣から"ムカつく"と聞こえてきた。


「名前先輩と付き合ってんの俺なのに柳先輩と、て勘違いされて。それ以前に俺があんたの彼氏だって周りから見られてなかったことにすっげぇムカつく」

「…赤也」

「俺は柳先輩みたいに先輩の身長体重、友人付きあいとかは知らないっすけど、先輩の長所や短所、性格、癖とか俺が見てその口から聞いたことがある。調べたんじゃないその口から。だから、あんたと、名前先輩と付き合ってるのは柳先輩じゃない俺なのに…!」


だんだんと悔しげに眉を寄せていく赤也の頭を撫でる。


「あんやと」

「…っす」


見た目よりもふわふわな彼の髪を撫で続ける。嫌な顔は一切せずに成されるがままな状態。眉間に寄っていた皺もいつの間にか消え、目は穏やかに閉じられている。


「ほんと、いちゃきな子やね」

「なんか褒められてる気がしないんすけど!」


ムッと睨み付けてくる赤也。やからそれがいちゃきな言うとるんに。

後日、二人の関係を聞いた柳生が二人に謝りに来たとかそうでないとか。


***

おる=居る
だら=バカやアホと同じ意味
あんやと=親しい人に使うありがとう
いちゃきな=可愛い
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