「幸村のあほー!もう知らんし!勝手にしたらええやん、マネージャーやるんえらいし、うちマネージャーなんかやめたる!!」

そう言い捨ててうちはテニスコートから逃げるように出ていった。
怒りで真っ赤なになっとるだろう顔をして走んりょるうちを休憩中の部員らや、まだ学校に残っとる生徒らにむっちゃ見られよるけどそんなん気にしとれん。
とにかく幸村がおるテニスコートからはよ離れたかった。





それはほんまにたっすいことだった。

いつものようにうちは、ドリンクこっしゃえた後、溜まっとった汗まみれの衣服を洗濯して干して、

そろそろ休憩時間やなって思たけん一旦洗濯物干すんをやめてドリンク持ってこかーって思ってテニスコートの方にいんだら、

ほんならやっぱし休憩時間に入りそうやったからうちは急いで部室からドリンクが入っとうカゴ何個かを何回かに分けてテニスコートに運び出した。

「お疲れ様!ドリンク持ってきたけん取ってって!飲み終わったらカゴん中入れといてな!」

部員の前にドリンクの入ったカゴを置いて部員らに呼びかける。

ぞろぞろとカゴの周辺に集まってくる部員らをひとしきり見て、洗濯物の続きをしようと思っとった時だった。

「ねぇ名字、俺のボトルが見当たらないんだけど」

テニスコートから離れようとした時幸村に声をかけられた。

「そうなん?ちょっと待ってな、探すけん」

幸村のボトルなあ。カゴん中に入れ忘れた、はないと思うしなぁ。
そういや幸村のボトルの名前んとこ消えかかっとったような…

幸村のボトルを探すべくうちは並べられたカゴと睨めっこを少しの間して、ようやくピンク色をしたカゴの中に幸村のボトルを見つけた。

「そこにあるでないで」

「え?あるの?ないの?」

ピンク色のカゴを指差して言ったのに、幸村には伝わってないんか、どっちなんだ、と聞かれた。

何で伝わらんのやろ。

その後もそこにあるでないで、って伝えても幸村と上手く意思疎通ができんで、やっと幸村が言葉の意味を理解した時にはお互い頭に血が上っとったと思う。

ほこから、うちの言い方は訳分からん、標準語で喋れって言われて、うちやって好きでみんながよう分からんような方言使っとるわけちゃうのにって反論して…

そいで、ドリンクがむつこいじゃのなんじゃの…些細なことまで言われて、うちも売り言葉に買い言葉で幸村に用具の扱いがあらくたいじゃのむっちゃひどいこと言った。

そして冒頭に至る。





「はぁ」

木の下で体育座りをして今までのことを振り返ったらまんまうちが悪いやん。

方言使うんはええけどやっぱり方言使うんやったら周りが分かるようなん使わなあかんよな。
んー、ほなけど自分では何が分かりにくい方言なんかがさっぱりやし…
やっぱ上京するにあたって標準語に矯正しとった方が良かったんかもしれんなぁ。

ドリンクがむつこいんやってそう。
他のみんなにはちょうどええ濃さでも幸村にとってはむつこく感じるんやったら快くドリンクを薄めるべきやのに。
カッとなっとってついそんなん自分でなんとかせぇって言ってしまったし。

うちが幸村にいった用具の扱いがあらくたいんは幸村よりも他の部員のことやのに八つ当たりみたいなことしてしもた。

あああ、ほんま辞めるまでもなくマネージャー失格やなぁ。

謝りに行かなあかんと思っとっても中々体が動かん。
謝りに行く、ただそれだけのこともできんで、ほんま情けないなぁ。

はあぁ、と大きなため息をついた時、ガサリ、と足音がしたけん振り返ったら幸村がおった。

「え、なんしょん!?何で幸村がおるん?」

「名字を探しにね」

やっと見つけた、とうちの隣に腰掛ける幸村。

「練習は?何で隣に座るん」

幸村の方を向いて話すんが気まずいけんうちは俯いて幸村に尋ねる。

「練習なら真田と柳に任せてきたよ。名字の隣に座るのは君と話をしにきたから」

「ええっ真田と柳に任せてうちを探しに!?」

「ああ、あの二人は頼りになるから心配ないよ」

驚きのあまりうちは顔を上げて、幸村の方を見る。

吃驚するうちに幸村は部活のことは気にしなくてもいいよ、って言っとるけどちがうんよ。

うちのせいで、幸村の練習時間が減っとる…
サポートする側であるマネージャーが選手の練習の妨害するなんて最悪やん。
話っちゅうんも部活やめろとかやろなぁ。

「名字ごめん」

「わかっとる、幸村に言われんでもうちやめ…へ?」

やめろって言われるよなぁと思っとったのにうちの予想に反して、幸村はうちに謝った。

「方言は君の一部でもあるのに標準語にしろだなんてやなこと言ってごめん」

「いや、それは幸村が分からんような方言うちが使っとるんがいけんのやし」

「分からなければ聞けば良いのに俺は、君に方言の意味を教えてもらうことをしなかった。完全に俺が悪い」

本当にすまなかった、と頭を下げる幸村。

「いやいや!それ言うんならうちやって幸村から分からんかった方言聞けばええのんにそれせんかったし!それに用具の扱い方があらくたいはどっちかといえば切原とか丸井やのに幸村に八つ当たりみたいなんしてもうた。ほんまごめん」

「それは部長として管理できなかった俺も悪いよ」

ほこから少し言葉は違うものの、お互いうちが、俺が、悪かったの一点張り。
とりあえずお互い様っちゅうことで、はがいたらしかった謝罪のキャッチボールは収まった。

「あ、そうだ、あらくたいってどういう意味なんだい?」

「ええと、あらくたいは雑なって意味なんやけど」

「成る程。後で赤也や丸井に注意しなきゃね」

それから、とうちとのやり取りで意味が分からんかった単語を幸村が聞いてくるけんうちはそれに答えていった。

「方言って面白いね。ああ、そろそろ部活の方に戻ろうか」

幸村はそう言って立ち上がり、行こう、とうちに手を差し伸べる。

「うち、最低なこと言ったんにいんでもいけるん?」

「最低なこと?」

「幸村のことあほとか、マネージャーやるんえらいとか…やめる、とか…」

「それは、本心なのかい?」

「そやない…確かにマネージャーの仕事はえらいけど、それ以上にやり甲斐があってむっちゃ楽しいし…」

しんだくてたまらん重いドリンクを運ぶんやって休憩時間のドリンクを飲んみょる部員ら見よったら疲れなんか吹っ飛ぶし。

「やめたるって言うんもほんまに言ったんちゃうし…幸村がうちでもかんまんのだったら続けたい」

「そっか、…で、俺をあほって言ったのは本当なのかい?」

そこが一番気になるんだよね、と笑いながらうちに迫ってくる幸村。

「まさか!!そんな訳ないじゃないですか!!やだなぁ」

ははは、と笑ううちに幸村はそうだよね、と返す。

あの圧力のある笑顔で迫られたら真実はどうあれそうとしかうちには言えんかった。
んん、あれ?うちってばさっき標準語使えとった!?
…恐るべし、幸村の笑顔。

「いい加減手を取ってくれないと差し伸べるの、やめるけど」

「あっ、待って!今手を取るけん!」

急いで幸村の手を取り、立ち上がり、テニスコートへいんだ。

その後、用具の扱いがあらくたい切原と丸井は真田と柳からこってりと絞られ、幸村には無言で始終笑顔で見つめられるというむっちゃ恐ろしい罰を受けとった。

そんな二人をうちは遠目で大変やなぁ、と思いながら見守っていました、まる。



▲小説内での方言解釈▽

あほ→馬鹿
えらい、しんだい→疲れる
たっすい→くだらない
こっしゃえる→作る
〜けん→〜だから
いぬ→戻る
あるでないで→あるじゃないか
むつこい→味が濃い
なんしょん→何をやっているの?
はがいたらしい→はがゆい
いける→大丈夫
かんまん→構わない
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