面倒くさい。激しく面倒くさい。 今日の日直やからって、担任に雑用を頼まれてしまった。でも終わらせんと帰れないし。 「……」 「……」 ……でもさ、先生。 転校してきたばっかの私に対して、そんな仲良くない人(しかも男子。見た目はおかっぱの可愛らしい子やけど立派な男子だ)と居残りさせるって酷くないだろうか。向こうは向こうで不機嫌みたいやし。せめて女子やったらまだ会話も……やっぱダメやわ。 ホッチキスの綴じる音だけが不規則に響く。 「あ゙ーっ!!」 「っ!?」 びっくりしたー。急に何なんけ。 「クソクソ!芯が詰まりやがった!」 私もたまになるわ。なかなか取れないんよね。彼も直そうと詰まった芯を取ろうとすっけど、内側のとこが固いのか開けられないみたい。 そういえばカバン中に……あった。 「あ、あの」 「……何だよ?」 「これ貸してあげ、るよ」 危ない危ない。訛りが出るとこだった。喋る時は気をつけてるんだよね。恥ずかしいし。 「いいのか!」 「うん、つかえんよ」 「…………いらねえ」 「え?」 あ、あれ?なんで怒ってんだろ?何かおかしいこと言ったっけ? 「それも壊れてんだろ。だったら意味ねえじゃん……ったく。使えねーモンをわざわざ出すとか嫌がらせかよ」 「なっ、ちゃんと使えっちゃよ!」 「はぁ?さっき自分で“使えない”って言ってたじゃねえか!わけ分かんねーこと言うなよ!」 「え、……あ!」 壊れてるってそういうことか。 「ごめん!“つかえん”じゃなくて“大丈夫”って言いたかったの」 「クソクソ!そういう意味かよ!紛らわしいこと言うなよな!」 彼はブツブツと言いながらホッチキスをふんだくった。パチンと留める音。思わず出た方言を誤魔化せたのはいいけど。いいんやけどさ。 何なんよ、このおかっぱくんは。 勘違いさせたこっちが悪いんは分かるよ。分かるんやけどさ。私は“貸したげる”って言うたんやぜ。常識的に壊れとるもんを貸すわけないちが、このだら!なんに一方的にへぼつけるし、さっきから機嫌悪いし、意味わからんわ。しかも借りとってお礼の一言もないんか!ああもう!考えとったらこっちまではがやしなってきたやんけ! 「お前、そのしゃべり方何だ?」 「あ゙?」 「き、キレんなよ。俺の方も悪かったって!」 「え、私言ってないよね?」 「いや、全部口に出てたぜ」 な ん て こ っ た !心の声(笑)が垂れ流しになってたなんて! 「つーか俺はおかっぱくんじゃねーよ!向日岳人だ!覚えとけ転校生」 「なら私も転校生じゃなくて名字名前って名前があるんやけど」 「へー名字って言うのか。よろしく」 「あ、こ、こちらこそ」 お互いに軽く自己紹介みたいのをした。ちょっと向日君と仲良くなった。多分。 「じゃあさっきのも方言なのか?」 「そうやよ。“なんつかえん”は大丈夫だよって意味なんやちゃ」 「真逆だな」 「確かにね」 うっかりしとったわ。 「っていうか普段も黙ってないで、これくらい喋ればいいのによ」 「……やって、恥ずかしい」 「?」 「気をつけるようにはしとるけど、喋ったらどうしても方言出るんやちゃ。でも、さっきみたいに意味通じないの嫌なんよ」 「別にいいじゃん。俺は面白いと思うぜ。分かんねえ時は聞けばいいしよ」 「……!」 そっか。教えるって手もあるがやんか。聞いてもらうって手もあるんやん。 ――ホントだらやわ。言い訳ばっかして勝手に諦めて。 「なあなあ。どこの方言なんだ?何か喋ってミソ!」 「え、あ、富山弁やよ。急に喋れ言われても困るがやけど……」 「十分訛ってるぜ」 「嘘っ」 「マジだって」 向日君(さっき初めて知った。)はさっきまでの不機嫌さが嘘みたいに、今はどこか楽しそうにしとる。ってか、めっちゃフレンドリーやん。方言もバカにせんかったし。面白い、が誉め言葉かと言われたら微妙やけど。 ……あれ、もしかしてこのっさん良い奴じゃね? 「なぁ」 「なんけ?」 「ホッチキス。貸してくれねーか?」 「!」 「どうなんだよ」 答えはもちろん決まっとる。 「なーん、つかえんちゃ!」 「サンキュー!」 「どういたしまして」 「じゃ、とっとと終わらせるぞー!」 「うん!」 これからは方言でじゃんじゃん喋っていこうと思いました、まる。 *** 方言の解説 〜ちが=〜だってば だら=バカ へぼつける=因縁をつける はがやしい=ムカつく このっさん=この人 〜が、〜け、〜ちゃ=語尾みたいなもの |