石丸清多夏くんと恋愛するつもりだったもの

「うー……」

 べたーっと溶けた氷のように机に張り付いていた。別に机に張り付くことが気持ちいいわけじゃないけれど、こうでもしてないと倒れてしまいそうだった。

「うえ……」

 時折情けない声を出しながら、まつげで覆われ暗い視界からなんとか部屋の様子を眺めていた。
 しばらくそうしていると、廊下から規則的な足音が聞こえてくる。
 頭に響いてきて、かなり苦しい。やめろやめろーと唸りながら入口の方を向くと、ちょうど石丸くんが食堂に入ってこようとしていた。

「おっ! やあ!」
「うわ……」

 ゴツゴツと音を立てて、へばる私に近寄ってきた石丸くんを来世まで憎みたくなる。石丸くんが歩く度に、無いはずの振動が伝わってくるようだ。

「うわとは何だね! どうしたのだ、やけに顔色が悪いようだが!?」
「顔色ぉ……」

 悪いって思うなら、少し声を落としてよ。
 最後まで言えずに力尽きた私を不審がる石丸くんが、しばらくこてこて首を傾げた後、ポンと何かを閃いたように手を叩いた。

「お腹が減って力が出ないのか!! ハッハッハ!! 君にも子供みたいな所があるんだな!」

 貴方のニブチンほど子供染みてないですけどね!
 なんて胸で毒付きながら、違う違うと手のひらを揺らす。
 石丸くんはめげずに理由をぽんぽん口に出してくるが、全く当たっていない。というか、石丸くんには出てこなさそうだ。

「そうだな、では……」
「寝不足です」

 ストックがなくなって考え込んだ石丸くんの隙を狙って口を開く。すると、石丸くんはたいそう驚いたようにポーズをとりだす。
 なにこの暑苦しさ。石丸くんってここまで暑苦しい人だっけ。

 顔をじろじろと見られている。
 居心地が悪い。だが止めるために声を出すのが億劫だ。

「ふむ……。うむ! 少し待っていてくれ」

 そのまま厨房へと向かって、狭い入り口の奥へと消えていく石丸くんを視線だけで追って、重い瞼を閉じた。



 どれくらい経ったのか。
 ゆっくりと瞼を持ち上げると、眠りに落ちる前までの頭痛や不快感は軽くなっていた。
 それでもまだ重い頭を持ち上げると、隣で衣擦れの音が聞こえる。

「君! おはよう! と言っても、もうこんばんはに近い時間だぞ!」
「う……う? 石丸くん」

 大きな声。寝起きには少しキツイ。
 私の表情からそれを察したのか、それとも気まぐれか、声を小さくして石丸くんは机の上のカップを手にとって、私へと向ける。

「……?」
「ホットミルクだ。…………もうとっくにホットでは無くなって……ふむ! 今すぐいれ直そうではないか!」
「え、あ……え?」

 今の頭では状況が理解できずに、アだかエだか言葉ではない言葉を口にして、瞬きを繰り返す。
 石丸くんが席を立ち、カップを持って厨房へと向かっていく。寝る前にもこんな様子を見た。
 よくわからないが、止めるのも悪いのかと、とりあえず黙って見送ってみる。

 しばらくすると、石丸くんが笑顔で戻ってきた。
 湯気を立てるカップを私の前に置くと、先程とは違う正面の席に腰かける。

「……?」
「飲んでくれ。本来ならば朝に飲んでもらおうと思っていたが、まあいいだろう! さあ! ぐいっと行ってくれ!」
「…………」

 まるで、仕事終わりの上司が部下に酒を勧めるような雰囲気だ。
 断れない。

 ぐいっとはいかなかったものの、ホットミルクを飲むと胃が暖かくなる気がした。
 そのまま飲み干してしまと、石丸くんは“どうだ”と感想を聞いてきた。
 それは体調のことなのか、それともホットミルクの味のことなのか。よくわからないまま曖昧な返答を返す。

「そうか……。そう言えば、もうすぐ夕食の時間だな」
「もうそんな時間なんだ……?」
「いつもなら、こんな時間まで寝るなど言語道断! と言っている所だな! ハッハッハッ!」
「うん」
「まあ、君は物音にも動じず、静かにゆっくりと眠れたみたいだからな。少し、疲れは取れたのだな」
「え……?」

 まるで見ていたような発言に戸惑いつつも、頷いてみる。
 それは良かった、と返される。

「む……聞いてみても良いかね?」
「聞かれないとわからないけど……」
「それもそうだな。僕は君の寝不足の理由を聞きたいのだ」
「なんで、そんなこと……?」
「そ、そんな事とは!? 僕は風紀委員として、クラスメイトの寝不足の理由を把握し、他の生徒にも気をつけて欲しいと……!!」

 突然必死に手と顔を振って答える石丸くんに、小首を傾げる。
 その理由は間違ってはいないのに。もう少し堂々と言えば良いのではないか。

「ええっと……」

 なんと言おう。
 学生として間違っている行動が理由で寝不足になったわけでは無いものの、正直に言って石丸くんを困らせてしまうのも躊躇われる。
 困っている。

「そんなに言い難い事を聞いてしまったか? すまない! 無理強いはしていないぞ!」
「あー、と。ええと……えっと……モノクマと話してたからだよ」

 悩んで、取り敢えず嘘をつくことにした。
 流石に“好きな人の事で悩んでました”なんて正直に他人に言えるわけがない。
 それもこんな真面目で純粋で、ど天然な風紀委員のクラスメイトには。なんて。

「そ、そうなのか!? ……モノクマ!! 僕だ!!」

 モニターに向かって叫んだ石丸くんに反応してか、ちょこんと何処からともなくモノクマが現れる。
 てこてこと机に近付いて、可愛らしい動作でテーブルに乗りあがったモノクマに、石丸くんが詰め寄った。

「学園長の君が原因で寝不足とは何事かね!!」
「えぇ? なあに言ってるの?」
「昨夜、君と夜中まで話していたそうじゃないか!!」
「えっ……ちょ、」

 まさか。

「話なんてしてないんだけどな〜うぷぷ。石丸くんはどうして慌てているの?」
「そ、それは……学園長である君が生徒の生活リズムを乱してしまうのはどうかと思ったからだ!! 寝不足では1日の脳の働きが鈍ってしまうではないか!」
「ボクに言われてもなあ〜。ねえねえキミからも言ってよ。ボクはシロだよね?」
「あー……」

 なんだかよくわからない。
 嘘をついた事を強く後悔することになるとは思わなかった。
 頷けば、石丸くんは大層驚いた顔でモノクマと私の顔を交互に見た。

「ね、寝不足の原因はモノクマではないのかッ!」
「うん。ごめん……」
「……そ、そう、か。で、では何故……」
「それは……」

 助け舟を出してはくれないか、と

mae ato
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