拍手お礼だった針谷幸之進のやつ

デイジー≠主人公
報われません


「じゃあ、おまえは、おれのお嫁さんだな!」
「お嫁さん? こうくんの?」
「おう!」
「うれしい! こうくんはわたしのおっと、だね!」
「おっとぉ?」
眉間にしわを寄せて腕を組み、しばらく考え込んで、口を開く。

「いやだ! おっとってなんかだっせぇよ! だんながいい!」
「だんな……? だんなさん?」
「そーだ! おれは、おまえのだんな! 知ってるか? だんなとおよめさんって、こうやるんだ」
左手を取って、薬指の先に唇を押しつける。
理解ができず小首を傾げ、やがて自分も左手を取って薬指に口を付けた。


うっすらと瞳を開けると、周りの喧騒は段々と大きくなる。
教室の窓から差し込んだ光に、眩しそうに目を顰めた。
「そ、そんじゃ……遅刻すんなよ!」
「ふふっ、うん。またね」
廊下から聞こえてきた声に、つい反応してそちらを向くと、針谷が何やら嬉しそうに教室の自分席へと座ろうとしていた。
(あぁ……あの子と話していたんだ)
彼の顔から見てすぐに理解ができた。口元が緩んでいる針谷を見つめながらゆっくりと息を吐く。

(、こうくん……)
声には出さず、喉の奥で呟くと胸が締め付けられるようだった。
遠い昔にした、お遊びのような会話。忘れてもおかしくないような、短時間のやりとり。
たどたどしい言葉で結婚を約束して、指先にキスを交わしたあと日のことは、もう覚えていないのかもしれないと、遠くなってしまった幼馴染を見つめながらぼんやりと思った。
想いは、もう私には向いていない。それなのにいつまでもウジウジと考え込む自分に嫌気がさした。

針谷が他の女子生徒と話をするたびに、もやもやとヤキモチを妬いている自分が嫌になった。
何をしていても、針谷のことを考え、目で追ってしまう自分が嫌で、やめたいと思ってもやめられないことも嫌で、どうしようもなく、ただ堪えていた。
「昔に戻れたらいいのに」
ぽつりとそんな愚痴を零しては、唇に弱く歯を立てる。
(好きなんだよ、こんなにも)
あの子よりも好きなんだよ。

じっと見つめていたせいか、針谷が視線に気付き小首を傾げた。
何でもないよ、と苦笑して、重くて暗い本音を飲み込んだ。

mae ato
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