■じゃれあう

バンビ≠主 / 設楽同級


「設楽くーん」
「……」

 机に突っ伏して、私の声にピクリとも反応してくれない設楽くんに声を掛け続けて、しばらく。


「しーったーらくん。あっそびーましょ」
「…………」
「あっかんべーだ。聖司くんはヘタレのサディストだーらららんたららん」
「うるさい」

 何度も声を掛けて、そろそろ言うことがなくなってきたあたりで返事が返ってくる。
 どうやら、さすがにヘタレという単語には反するようだ。それは当然、ここまで好き勝手言われて黙って聞き続ける方が面倒臭い。

 目線だけ私に向けている設楽くんの目は氷点下の冷気を発している。ように冷たい。
 もう慣れっこだが、こんな視線を後輩が見たらきっと震え上がるのではないだろうか。
 いくらフワフワとして気持ちの良さそうな髪や、まつ毛バサバサの女の子のような整った顔をしていても、睨まれると怖い。

「バンビちゃんも怖がってたよ」
「……は?」
「ほら、バンビちゃん……後輩のさ。髪が綺麗でーお肌白くてー細くてー笑顔が可愛くてー」
「…ああ、あいつか」

 褒めちぎった特徴を上げて、顔と名前が浮かぶ設楽くんの脳内が少し恨めしくなった。
 嫉妬する。

「初対面でいきなり睨んだんだって言ってたよ。印象悪く思われちゃうよ?」
「関係ないだろ」
「関係ないけど……友達が悪く見られるの嫌じゃん」
「友達……」


 複雑そうに眉を顰める仕草に軽くイラっとしつつ、丁度廊下を通りかかった紺野くんの話題を出してみることにした。

「紺野くんもさ、生徒会長だからって厳しい人だって思われてるから。…そこは似た者同士なのかなー、設楽くんと紺野くん」
「一緒にするな」
「一緒にしてないけど。紺野くん、いつもあんなにビシッとしてないのにね。笑うと可愛いし、服もお母さんチョイスっぽくて可愛い」

 可愛い可愛いと、男の子について話す時にこの単語を連呼するのはおかしいとは思っているものの、紺野くんの外見を表すのには“可愛い”が似合っていると思う。
 逆に、設楽くんはどちらかといえば“綺麗”なんだろう。

「あ、そうそう。紺野くんと今度ホラー映画見に行くんだけど、紺野くんってそういう系はどんな反応すると思う?」
「…………」
「…おーい? どうしたの?」

 設楽くんは、猫のように爪を出して引っ掻いてきそうな勢いで私を睨んでいた。毛を逆立てていた、とか?
 設楽くんはホラー映画が嫌いではなかったはずだから、俺も見たい、という感情の表れなのだろうか。

「……チケット買っておこうか?」
「はあ?」
「チケット。ホラー映画の。一緒に行く?」
「なんでそうなるんだ」
「見たいんでしょ、一緒に行こ」
「見たくない、行かない」
「あ、そう?」

 読みは外れたらしい。
 それならば何故なのか。

「…あー! もしかして、嫉妬してる?」
「は、ああ?」
「なんで詰まってるの…図星?」
「そんなわけないだろ、勝手な勘違いするな」

 ぷいーっと視線を逸らしたところから、きっと多少はそういう気持ちもあったのだろう。
 そんなに紺野くんと遊びたいなら自分から誘えば良いのに、素直じゃない。

「……私から約束取り付けてもいいけど」
「なんの話だよ」
「だから、2人で遊びに行くの」
「そんなの、」

 何かを言いかけて口を閉ざした設楽くんは、また机に突っ伏して寝る体制に入ってしまった。
 もう今日は話し掛けるなの合図だ。私は自分の席へと戻って時間が過ぎるのを待つことにした。





『おい!』
「うるはーい…今何時らと思ってるの…9時だよ、ひにようの朝の9時。おこさらいでよ」
『寝呆けてないで説明しろ!』
「はぁぁ…? なに?」

 毛布を蹴り上げて無理やり起き上がり、目を擦りながら若干苛立ったような声を伝えてくる携帯を耳にあてる。我ながらお淑やかな設楽くんとは正反対の性格をしている。
 カーテンを開けると、痛いほどの日差しが部屋に入ってきて速攻布団へと戻った。

『紺野が来てる』
「ゆ?」
『ゆ、じゃない。家に紺野が来てるんだ!』
「しらないよそんなの、なんか用事でしょ?」
『隣にいる』
「あ、そう」

 眠すぎてよく頭に入ってこないが、設楽くんが困惑と戸惑いと怒りの混じった声で私に抗議をしているんだろうということはなんとなくわかった。
 だが、それがわかったところで私にどうしろというのか。

「紺野くんと遊べてラッキーじゃん」
『はぁ?』

 布団の上で大きなあくびをして伸びると、寝てないで起きろ と受話器越しに怒られた。

『おまえが紺野に何か言ったんだろ』
「ええー…? なんか言ったっけ?」
『おまえから、俺が紺野と遊びたがってるとか言ったんだろ。日時まで指定して!』
「なんで怒ってるの……」
『怒るのは当たり前だ。俺は! 寝るつもりだっんだ!』
「わたしも〜、お揃いじゃん」

 適当に返事をすると大きなため息が聞こえてきた。
 小さく向こうで言い合うような声が聞こえた後、設楽くんから家に来いとお呼び出しがかかる。

『今すぐだ』
「むり。1時間」
『…できるだけ早く来い』
「はは。坊ちゃんの命とあらば」
『……』





「ごめんね石倉さん、設楽のせいで」
「俺のせいじゃない」
「ごめんね紺野くん、設楽くんのせいで」
「おまえが言うな」

 玄関まで迎えに来るほど私のことを待ちわびていたくせに、いざ来るとこうやってツンツンしだす設楽くんの意地っ張りさはいつもどおりだった。
 設楽くんの横で、どうすればいいのか、どういう状況に置かれているのかイマイチ分かっていない紺野くんが私に手を振っていたので振り返す。私もこの状況はよくわかっていない。

「こんな日曜の朝から何事です? 私、今日は何も考えずに毛布さんといちゃいちゃするつもりだったんだけど……」
「そんなことしてる暇があるなら、この状況を説明しろ」
「え、むりだよ。紺野くんお願い」
「僕だって出来ないよ。設楽がすればいいだろ?」
「なんで俺に戻ってくるんだ!」

 珍しくノリノリな設楽くんは、案外そんなに怒っていないのかもしれないなどと勝手に思い込む。
 いつもは無視するか、スルーするか、何も触れないか、知らんぷりするかのどれかなのに、今日は真面目にツッコミを入れてくれている。

「はー、怒ってるかと思ったけど元気そうで良かった」
「げんき、どこが」
「したらくん、げんきそう。めも、ぱっちり」
「…………」

 睨まれている。

「設楽くんに紺野くんと映画行くって話してたときに、すっごく羨ましそうな顔で見てきたからね、設楽くんも紺野くんと遊びたいんだろうなーって思って、約束取り付けたんだけど」
「聞いてない」
「言ってないもん」
「僕はてっきり、石倉さんも来るのかと思ってたけど、設楽と二人だったのか」
「二人きりです」

 両手でピースを作ると、設楽くんは呆れたように肩を落とした。私が一週間のうちに何度睨まれ呆れられたのか、今となっては数えることもなくなった。
 むしろ、設楽くんから喜ばれる事を一週間に数える方が楽な気がする程だ。

「おまえは何がしたいんだ」
「何がしたい?」
「紺野と俺が仲良く二人で遊ぶのか?」
「……違うの? 紺野くん」
「さあ、どうだろう」
「……おまえは」

 むずむずとなにかを言いたげで、でも言えない様子でキョロキョロと目を泳がせる設楽くんの言葉をじーっと待ってみる。
 もごもごと口が動いて、私にズカズカと歩み寄ったかと思えば思い切り見下ろされて睨まれる。

「おまえは、なんで俺じゃなくて紺野ばっかりなんだよ!」
「…………え?」
「俺と話しててもすぐ紺野紺野って、おまえは俺に話しかけてるんだろ!」
「え、いや、……ん?」
「設楽、落ち着いて」
「うるさい!」

 目尻がほんのり染まっている。必死に私を見つめて話し掛けてくれていた。
 睨む、というよりは、視界に捉えて離さないように、逃がさないようにされている雰囲気だ。

 紺野くんの戸惑いが、なんとなく伝わって来る気がした。静止しようともさらに止められてどうしようもできず、私も私で設楽くんから視線を逸らすことができずにただ立ち尽くしていた。
 どうすればいいのか。家の中から視線を感じるような気もするし、太陽が眩しいし、設楽くんは動かないしで、全く解決策も何も浮かんでこない。

「言い訳していい?」

 口を開いてみても、設楽くんはただ見てくるばかりで何も返してくれなかった。
 肯定とも否定とも受け取れるが、私は迷いなく肯定だと受け取ってさらに口を開く。

「だってね、設楽くんに話し掛けても返事してくれないから、紺野くんの話題なら食いつくかなって思って餌垂らしてたんだけど……」
「僕、餌に使われてたんだ」
「うん、紺野くんには悪いけど。紺野くんと仲良くしてる私に嫉妬してたのかなって思ったんだよ。私ばっかり紺野くんと遊んでズルいーって」
「そんなわけないだろ……」
「みたいだね。私知らなかった。ずっとそうなのかなって思ってたから。設楽くんが嫉妬してたのって、私じゃなくて紺野くんだったりする……?」

 なるべくいつものように煽ったように聞こえないよう気をつけながら、そう言って設楽くんを見上げてみると、小さく頷いた設楽くんがぷいと横を向いた。
 向いた先に紺野くんがいたらしく、逆方向に顔を向けたものの、どうやら先程よりは気持ちが落ち着いているらしい。
 真っ赤になった顔は半分しか見れない代わりに、耳が少しだけ赤く染まっているのが見えた。


「設楽?」
「しーっ、紺野くん、いま刺激しちゃだめだよ。設楽くん顔真っ赤だから、必死にデレるの我慢してるんじゃないかな」
「おい…!」
「そうだったのか。すまない、設楽」
「紺野に石倉……」

 顔の赤みは先程より少し引いたものの、まだ火照っているようだ。私はというと、赤くなるよりも、とうとう怒り出しそうな設楽くんの顔を見て青くなるのが先で、デレた設楽くんに赤くなって惚れるなどということはなかった。

「紺野くん! 使用人さんが手招きしてる!!」
「あ、ほんとだ。って、早いよ、ちょっとまって!」

 設楽くんを背に、なんだかおかしそうに口元に手を当てて手招きをする使用人さんの元へと紺野くんと一緒に走って、広い広い庭から脱出をはかる。
 後に設楽くんとゆーっくり話をすると気が来るのだろうが、今はきっとその時では無いはずだ。

「設楽くんもはやくー!」
「俺の家だろ!」

 大声を出すことは少ない設楽くんの大きな声のツッコミが、太陽の光に霞んで溶けていくようだった。










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