■蜜月アイロニー

「キスしてもいい?」
「へっ……?」
「嫌ならいいや」
「え?」

 すぐ隣から、とても困惑しているような雰囲気が伝わってくる。
 それはそうだ。突然キスをせがんでこられたら、私だって戸惑う。
 流石に、ふと思いついた事を考え無しに声にしてしまうのは、やめた方がいいのかもしれない。少しは思ったことを頭で整理した上で言葉にした方がいいのかもしれない。

 自分の素直さにマイナス要素を感じる。素直なのは長所であり短所でもある。
 他人をモヤモヤとさせる事は無いが、逆に傷付けたり困らせたりすることは多くなるから。

「どうしたの、急に」
「急に思い付いたの」
「また?」

 素直に答えてやれば、少しだけ皮肉を混ぜた声音でそう返ってくる。
 ちょっとだけムッとした。

「悪い? イヤなの? キスしたいって思うのダメ? 赤城くんは私とキスしたくないの?」
「ダメとは言ってないだろ? 僕だって君と! その、キスしたい」
「なにそれ……」

 似たような疑問を一息で投げ掛けてみれば、遠慮がちに吐き出された返答に、今度は私が戸惑う番だった。
 キスくらい、なんて顔で言いのけたくせに、声はつっかえてるし、頬は赤くなってるし。

「どうしていつも私より可愛い反応するの?」
「かわいいなんて言われても嬉しくないな」
「知ってる。でもかっこいい反応じゃないでしょ、今のは」
「君への返答を全部かっこよく返せって言ってる?」
「そんなこと言ってません。早とちりだよね」

 今日もまた言い合いに辿り着く。
 何か喋る度に嫌味が上乗せされて、そこにさらに乗っかる嫌味。悪循環。
 本気ではないものの、至近距離でグルルと睨みあうと、大体しばらくしてバカみたいに思えてくる。

 今日もまた同じことを繰り返すのがバカらしくて、呆れながら笑い合うことになる。
 ひとしきり笑うと、赤城くんは私に向かって笑顔を見せて、控えめに腕を広げる。
 そこに飛び込んで赤城くんと見つめ合うと、キスができる。それもいつも通り。

「なんで喧嘩が耐えないのかな」
「喧嘩とは言わないだろ」
「じゃあ何?」
「愚痴の言い合い」

 それも言い換えれば口喧嘩ってことになるんだと思うけど。
 頭良いのに、どうしてたまに抜けたことを言い出すのか。彼の思考回路は単純明快でありながら、単純だから複雑怪奇でもある。

「犬も食わないやつ?」
「それは……」

 また、黙り込む。
 じーっと見上げていると、あんまり見るなと怒られてしまう。それでも見つめ続けると、穴が開きそうだと笑われた。

「困らせるのが得意だよね」
「それ、気にしてるのに」
「僕は嫌じゃないんだけどな。君に困らせられるなら」
「…………」

 赤城くんだって、充分私のことを困らせるのは得意だ。
 軽口を言い合っていた途中で、突然おかしなことを言い出されると言葉に詰まってしまう。
 頭で思ったことも、声にするのが少しだけ難しくなる。

「顔赤いみたいだけど、熱?」
「……お決まりのシチュエーション、好きなの?」
「そんなつもりじゃなかったんだけど。お望みなら」

 ぐいと顔が近付いて、額と額がくっつく。
 定番にも程がある。顔が近過ぎるせいでピントが合わなくて、赤城くんの顔がボヤけて見える。

「のぞんでない」
「本当は喜んでるんだろ」
「なんで自信満々なの」

 喜んでない。わけでもないよ。
 いやでも好きな人だから、恋人だから。接触した時に嬉しくないなんて思わない。

「まあいいか」
「いいかって……飽きたの?」
「誰が、何に?」
「赤城くんが、私と顔近付けるの」

 私の聞く事は、大抵面倒な質問なんだろうな、とは大方自覚してはいるものの。
 それにきちんと赤城くんは返事をくれるから、嫌がる素振りを見せないから、甘えてしまう。

「好きだけど? 折角の休日なのに家の中にいてもつまらないかと思って」
「出かけるの……今日、雨降るって言ってたけど」
「そうだっけ」

 窓から空を見上げて、また私に視線をもどした赤城くんは少しだけ笑みを浮かべて。

「いいんじゃない? たまには傘を差して歩くのも」
「うーん」

 赤城くんは立ち上がると、渋った私が立ち上がるように手を伸ばした。
 素直に握って立ち上がってみる。

「じゃあ、相合傘しよう。それなら行く?」
「うん」

 頷くと笑われてしまう。
 軽く赤城くんに体当たりをしながら、玄関へと向かって歩いていく。

「行ってきますのチューはいらないの?」
「二人とも出かけるのに」
「じゃあ二回だ」
「……」

 単純過ぎて呆れるくらいの提案に素直に頷いた私に、赤城くんは二度キスを落としてきた。

 手を繋いで傘を片手に外の空気を吸ってみる。
 湿った空気の匂いが、体の中で広がった。










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