■思い違いの三月

 帰り際、店の前を通り掛かった時、菓子の山が目に付いた。其方を見てみると、どうやらホワイトデー用の菓子を売り出しているようだった。

「設楽?」

 歩みを止めた俺を不思議に思ったのか、紺野が声を掛けてくる。俺の見ている物が分かったのか、紺野は「なるほど」と小さく呟いて、俺の腕を引き店に入る。

「何してる」
「何って……買うんだろ? バレンタインのお返し」
「は? 何で俺が」

 俺の言いかけた言葉は既に耳に入って居なかったのか、紺野はホワイトデーとでかでかと書かれたポップの前に立って、山積みの菓子を見ていた。
 そう言えば、紺野は石倉から貰ったんだろうか。納豆の入った毒々しいチョコは受け取らずに返していたが、その後に石倉が紺野に渡したかもしれない。あんな食欲の失せる食べ物を、意図して作れるくらいだ。石倉が普通に食える物を作るのは、クマなんて出来るほど長くかからないんじゃないか。

「……どうした、設楽」
「どうもしてない。さっさとしろ」

 一刻でも早くこの桃色ばかりの店から出たい気持ちと、紺野に対してほんの少しの嫉妬心からか、苛立ちを覚えながら溜息を吐いた。紺野はやれやれと言った様子で肩を竦め、山の中からクッキーの入った袋を手にとった。

「設楽も、何か返した方がいいんじゃない? いつもお世話になってるんだし」
「世話になんかなってない。むしろ、世話掛けさせられてるんだ」
「…………」
「なんだよ」
「"石倉さん"とは、一言も言ってないんだけどなあ」

 取られた。眉を顰める俺に苦笑すると、紺野は肩を竦めレジまで歩いて行った。紺野が見ていた棚を見れば、クッキーの他にもキャンディやマシュマロ、マカロンにチョコなど、様々な種類の菓子が並べてあった。

 その中の、一番甘くなさそうな白いマシュマロを手にとってみる。見た目は普通のマシュマロだったが、見てみるとチョコレートをマシュマロで包んであるらしい。棚に戻そうとした時に、近くにいた女性店員から声を掛けられた。

「ホワイトデーにお返しするお菓子の種類にも、ちょっとした意味がある事はご存知ですか?」
「は? あ……いや、特に」
「例えば、キャンディだと好きだったり、マシュマロだと嫌いになっちゃったりとかするみたいです。お客様が今手にとってらっしゃるチョコレート入りマシュマロは、彼女さんの愛を包み込む、又は受け止めるという意味もあるらしいですよ、どうですか?」

 どうですか、なんて聞かれて、俺はどう答えればいいのかが分からない。石倉には普通のマシュマロで充分な気もする。どうせ、石倉がお返しの意味なんて一々知っているわけがない。

「今の時期でしたら、ラッピングも無料で承りますので! ごゆっくりお考え下さい」

 そう言って立ち去る店員と入れ替わりに、紺野が戻ってくる。

「どう? 決まった?」
「何で買う事が前提なんだよ」
「その手に持ってるの、可愛いし、石倉さんも喜ぶんじゃない?」

 何を言っても聞こうとしない紺野に呆れながら、渋々レジに向かう。今更他の物と取替え用としても、紺野が何を聞いてくるかもわからない。これはほぼ無理矢理、店員と紺野に買わされたと自分に言い聞かせながら会計を済ませた。



「おい」
 廊下をのほほんと歩いていた石倉に声を掛ける。振り向いた石倉にマシュマロを渡す。暫し不思議そうに考えると、俺を見上げる。

「設楽先輩。お返しですか?」
「そうだ。確かに渡したからな。中身についての不満は一切受け付けない。店員から強制的に買わされたような物だ。俺の意思じゃない。じゃあな」

 それだけ言えばふんと鼻を鳴らしてその場を去った。
 いや、正確には去ろうとして、できなかった。石倉が制服の上着の裾を掴んで引き止めたからだ。

「……なんだよ」
「これ、マシュマロですよね」
「それがなんだよ? 中身についての不満は受け付けないって言っただろ」
「私、設楽先輩の事好きなんですよ?」
「!?」

 突然何だと思えば、石倉の口からは予想もしていなかった台詞が飛び出てきた。あからさまに驚いた顔を見せた俺を見て逆に驚いて、今度は泣きそうな表情で見上げてくる。視線を逸らせば、石倉は制服を掴んでいた手を離した。

「……設楽先輩が一々お返しの意味なんて知ってるわけないですもんね……早とちりしちゃった。ふふっ、ごめんなさい」

 それはこっちの台詞だ、と思っても、口には出せなかった。石倉はすぐさま俺の元から去った。別に俺が何をしたわけでもないのに、少しの罪悪感が残る。共に、中途半端であやふやな気持ちも出てくる。
 別に、これで悪い事は何も無いはずなのに。
 俺は深く溜息を吐いて、教室へと戻った。










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