■14

 勢いよくベッドから起き上がると、くらくらと視界が回る。不意を突かれた私は再びベッドに倒れ込んで、天井を見上げた。

2009年4月15日(水)


 耳元に伝う気持ちの悪い水滴の元を探ろうと額に手をやると、手のひらはじっとりと湿った。

(…………、)

 どうしてこんなにも汗を掻いているのか、その理由を探ろうと瞳を閉じる。

「っ!!」

 瞼を透けて入ってくる明るさに、どうしてか恐怖を感じた。ドクドクと早鐘を鳴らすような首元の脈に、背筋が凍る。
 今度はゆっくりと起き上がって、ベッドから立ち上がる。
 額だけではなく、身体が全体的に汗で湿っていたことに気付いた。
 深呼吸を繰り返して、私は寝巻きの前ボタンを外しながら風呂場へと向かった。





「…いってきます」

 玄関の鍵が閉まっている事を確認すると、私は学園へ向かうため足を動かした。
 春の気持ちのいい空気を胸にたくさん吸い込んで、吐き出していく。
 朝に何か嫌な事が……嫌な夢を見たような気がする。起きた時の心地の悪さが、未だに忘れられずにいた。

 大きな溜息を吐いて、しっかりと自分の足で地面を踏みしめて歩く。
 少しでも、自分を落ち着かせようと。





「はぁ〜。んじゃ、アタシ、ちょっと運動! みんなもしない?」
「私はやらない」

 昼の休み時間、カレンが私やミヨ、つかさちゃんに向かって問いかける。ミヨは断り、私もお断りさせて頂いた。つかさちゃんは少し考えた仕草をして、折角だし、と立ち上がった。

「やった! ミヨと紗織はどうする? 見てく?」
「私は図書室に行きたいから、その……ごめんね」
「そっかぁ、ミヨは?」
「占いでもする」

 私は三人に別れを告げ、図書室へと向かうため教室を出た。





 図書室に入るなり、引き寄せられるように部屋の隅へと向かった。
 人が少なく静かで、なんだかホッとした。
 近くの棚に並ぶ本の背表紙を眺めていく。どうやらここは趣味本のコーナーだったらしく、目に付くものは料理本などだ。
 普段、図書室に置いてある料理の本や裁縫の本などを読むことは無い。折角の機会だと、一冊手にとって適当に開いてみる。

「あ……」

 一面にキラキラとしたデザートの写真が印刷されているのが視界に飛び込んでくる。ご飯は先刻食べたとは言え、甘いものは別腹だ。

「……う」

 魅力が詰まったそのページを穴が空くほどじっと見つめる。
 美味しそう。食べたい。……作ろうかな。

「……ヤバっ……ああ、仕方ない」

 ぼやぼやと写真を見つめ続けていると、すぐ近くで切羽詰まったような声が聞こえた。
 そちらを向こうと首を上げたはずが、何故か動かなかった。
 口元も手で覆われて、声も出せない。

「んんっ……?」
「ごめんね。今追われてるんだ、ちょっと静かにしてて?」

 背後からコソコソと声が聞こえてくる。首元に息が触れてくすぐったい。身を捩ろうとすると、じっとしてと止められた。
 大人しく俯いたままキラキラなデザートを見つめると、口元にあった手が離れた。

「っは、」
「しっ。多分、ちょっとだから。すぐ……」

 わけもわからず口を閉ざして、耳を澄ましてみる。
 図書室の入り口あたりがバタバタと騒がしくなり、女の子の声が耳に入ってくる。誰かを呼んでいるらしく、かすかに“琉夏くん”と聞き取れた。

「……ん?」
「どしたの……? あっ」

 少し離れて、私のすぐ背後にいた人を見てみれば、琉夏くんが若干驚いたような、安心したような表情を浮かべていた。
 口を開こうとしたところで、女の子の声が近付いていることに気付き慌てて抑える。
 きっと、琉夏くんはモテモテで、女の子から囲まれているところを逃げているんだろう。そういう場面があった。
 視線を下げて、琉夏くんの足元を見てみると、体重を掛けないようにか少だけ片足が浮いていた。


 やがて、女の子たちは司書さんに叱られトボトボと図書室を後にした。
 琉夏くんは今度こそ安心したように胸をなで下ろして、私に一つ礼をした。

「良かった、キミで」
「……? どういう事?」
「紗織ちゃんじゃなかったら、きっと騒がれてたかも……なんてね。助かった、匿ってくれてありがとう」

 にっこりと笑顔な琉夏くんの耳についたピアスが揺れた。

「ううん……それより、大丈夫?」
「ん? 何が?」
「足、痛いと思う。捻ったんだよね」
「あー……正直、ちょっと痛いかも」

 眉尻を下げた琉夏くんは、そのまま不思議そうに首を傾げて私の瞳を見つめる。

「……どうして捻ったってわかったの?」
「あ……その、なんとなく……」
「ふぅん」

 少しだけ疑うような視線が向けられ、チクリと胃のあたりが痛む。
 不思議そうな表情は残っているものの、なんとか納得した様子の琉夏くんは、辺りの様子を確認すると私に小さく手を振った。

「とりあえず、もう行こうかな。ありがとう。心配かけちゃってごめんね? あと、邪魔してゴメン。そんじゃ」
「う、うん。気にしないで……またね」

 琉夏くんの背中に手を振り返して、本棚へと振り返ると大きく溜息を吐いた。
 焦った。冷や汗が出るかと思った。
 疑う眼差しを思い出して自身の失態に対しての後悔が現れるように、眉間に皺が寄った。










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