■12

「うーん……」

 本屋で悩みこんでいた私の肩がとんと叩かれた。

2009年4月12日(日)


「はッ……? あ……こんにちは」
「こんにちは。偶然ですね」
「そうですね。こんな所で会うなんて思いませんでした」

 肩を叩いたのはこの世界に来てから初めてまともにお話をした人、若王子先生。
 穏やかに微笑みながら、私が見つめて悩んでいた棚に視線を移す。

「スポーツ、やるんですか?」
「あ、えぇと……部のマネージャーを」
「マネージャーか、良いですね。ちなみに何部ですか? はば学なら野球部とかテニス部とかかな」
「柔道部です」
「柔道部?」

 “How to 柔道”と大きく書かれた背表紙が目に付いて、それを本の隙間から抜き出してみる。

「まだ……正式な部活として認められてるわけじゃないんですけど」
「そうなんですか。はば学に柔道部なんて聞いたことがなかったから驚き桃の木でした。いいですね、柔道」
「はい、だからその為に本を……」
「なるほど……良い心がけだ。先生、関心です」

 にこにことした笑顔で私の隣に並んだ若王子先生は、私の同じようにずらりと本の並べられた棚を眺めた。





「ありがとうございます、選んでもらっちゃって……」
「いえいえ。一緒に悩んじゃって、最終的に天の神様に任せちゃいましたから、お礼を言われるようなことではないですよ」

 この世界に来たばかりの時も、こうして若王子先生に手を貸してもらった。
 まだ二度目だけど、会うたびに迷惑をかけているような気がして申し訳ない。
 眉が下がっていたのか、若王子先生が「そんな顔をしないで」と笑いかけてくれた。

「……あ、その、若王子先生の時間奪っちゃってごめんなさい。お忙しいのに」
「そんなことはないよ。先生、今日はのんびりだらだらするしか予定が無かったから、話し相手が出来て嬉しいです」
「なら……良かった……です?」
「はい、良かったです」





 本屋の近くにあった公園のベンチに座って、青く澄んだ空を見上げる。
 隣には若王子先生がいて、特に何を話すわけでは無いものの、信じられないほどの安心感が私を満たしていた。

「今日も平和ですね」
「そう、ですね。平和……」
「君の顔も、前より輝いてます」
「え……?」

 視線を下げて若王子先生へと向くと、若王子先生は私を見つめにこりと口角を上げた。

「前、空中庭園にいた君はとても不安そうな顔をしていたように見えたんです。先生の勘違いかもしれないけどね。少なくとも、今の君はとても楽しそうです」
「……はい、その……楽しいです。最近は」

 この世界に来た初めの日や数日は、混乱や不安が私の心を支配していたものの、確かに、最近はそれも少しだけ消えて、その部分に楽しいという感情が入り込んでいる。
 心を見透かしたように言い当てた若王子先生に感心しつつ、笑顔を返す。

 顔を上げて、木々の隙間から差し込む柔らかな光に目を細める。
 晴天の空の下、春の緑が揺れる公園で、元気に走る子供の声と、気持ち良く鳴く小鳥の声が響いていた。










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